あこがれの鍋パ

 大学生のとき、あこがれていたものの一つに「鍋パ」があった。「鍋パ」というのは同じ大学やサークルの仲の良い男女数人が集まって、その内の一人暮らしをしている誰かの部屋で鍋を囲みながら、お酒を飲んだり、教授の愚痴を言ったりなどするあれである。それが別にたこパ(たこ焼きパーティのこと)でも、リパ(沢口靖子を主宰としたリッツパーティのこと)であっても構わないのだが、とにかく男女数人で誰かの部屋に集まってお酒を飲んだりすることなどにあこがれがあった。

 当時はパーティなどとは、ほど遠い環境にあったため、鍋パへ呼ばれることも、そもそも飲み会に誘われることもほとんどなかったが、大学三年生のとき、とても社交的な友人ができた。彼に「鍋パしたことある?」「鍋パって実際どうなの?」と聞くと「鍋パくらい普通にするでしょ」と返ってきた。すごい、と思った。今思えば、鍋パに実際もなにもないのだろうけど、生活の中に「鍋パ」が自然に存在していることが羨ましかった。

 だが、僕が想像していたような「お酒買い足しにコンビニ行ってくるわ」「あっ私も行こうかな」と曖昧な関係の二人が、曖昧な距離を保ったまま冬の冷えた夜道をゆき、アパートの窓から残された二人が「ふふ」と、それを見守っている、なんていうことは起きないらしく、なーんだ、と思った。その一連を行うために「鍋パ」は開かれるものだと思っていたからだ。「普通に友達と家で飲むだけだよ」と彼は言った。

 今思うと「鍋パ」は選ばれた人間にしかできない会合のように思う。もし僕の理想とする「鍋パ」が行われ、自分が参加できたとして、いい雰囲気の二人が、二人きりで買い出しへ行こうとしているのに、その二人の曖昧な関係に気づかず「あっ、俺も行こ!」などと口走ってしまいそうである。それに鍋を囲んでも「こいつ肉ばっかいくじゃん」「めっちゃ食うじゃん」と思われるんじゃないかと気にしてしまい、うまく鍋をよそえそうにない。

 今もこの世界のどこかで「鍋パ」が行われているのだろうか。そのことを思うだけで、ドキドキしてくる。メンバーの内の一人に思いを馳せていて、その人が他の誰かと買い出しへゆくのを横目に、気が気じゃない誰かも、きっといるに違いない。だが、そんなことは現実にはほとんど起こらないらしい。そのことに薄々勘づきながらも、あこがれを思ってしまうのだ。やっぱりいいなあ、鍋パ。

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