百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

カニとパイナップル

 ある人はニューバランスの靴を履いて、全速力で駆け出し、ある人は自転車を一生懸命漕いでいくなか、どうせニューバランスとか似合わないし、自転車も乗れないし、と諦めにも似た思いを抱え、たまたま残されていた、空き缶に紐を通しただけの簡易的な竹馬「缶ぽっくり」を、「これだったらポコポコ音鳴っておもろいし、ウケそう」と安易な考えで乗ってはみたものの、全然進まないし、気づいたときにはニューバランスのあいつも、自転車に乗ったあの子の姿も見えなくなって、焦れば焦るほど、バランスをくずしてふらふらし、チャカポコ、チャカポコと間抜けな音だけが辺りに響き渡り、半泣きになって歩き続けていた。
 スタートが切られると同時に、爆音を鳴らして走り去っていくフェラーリやハーレーに圧倒され、その音と排気で、ゴホゴホとむせているときには、安全運転でスタートした軽自動車や、自転車勢が先を行き、スケートボードを華麗に乗りこなすあいつも、ナイキやニューバランスのスニーカーで駆け出したあの子たちも、気づいたときにはだいぶ、先の方を走っていた。気づけば自分の前後にいるのは、子ども用の三輪車に乗って一生懸命こいでる奴や、そもそも走る気をなくし、幼児が使うような白鳥型のおまるにまたがってじっとしている奴。そして、空き缶に通した紐を持って、うまく缶の上でバランスを取りながら歩く僕。見事に阿保しか残っていなかった。
 最初はまだ良かった。フェラーリやハーレー、自動車勢の凄まじい勢いがフリとなり、当初の狙い通りウケたのだ。
 「いいぞー!がんばれ!ハハハ」 
 「アイツ、阿呆やなあ」
 「フェラーリに遅れんなよー!」
 沿道にいた観客からゲラゲラと笑い声が飛び交う。そして、それが気持ちよかった。だが、それも長くは続かない。僕の乗っていた「缶ぽっくり」が、あまりにも進まなかったため、同じ光景に観客たちが段々見飽きてきたのだった。
 「いつまでトロトロ走っとんじゃ!」
 「缶捨てて裸足で走れや!」
 「しょうもないんじゃボケ!」
 想定外の状況に、僕はビビりまくっていた。ビビりが身体に伝染し、バランスを崩して転けた。すると、観客から少し笑いが起きた。「あ、ウケた」と味を占めた僕は、わざと何度か転んでみた。すると、観客から「わざとらしいんじゃ!」「味占めんなや!」と罵声が飛んだ。その罵詈雑言にビビり、ふたたび転けた。するとまた罵声が飛んだ。最悪の状況だった。
 後悔だけがただ、身体中に広がっていた。スタート前、安易な考えで「缶ぽっくり」を選んだ自分を呪った。そもそも、もっと早い段階から、いろいろなものを選べたはずなのに「まあ、どれ選んでも大して変わらないだろう」と高を括り、ようやく選び出したときには「缶ぽっくり」と「おまる」、そして「子ども用三輪車」や「足袋」くらいしか残っていないことに絶望を感じながらも「フェラーリよりも、缶ぽっくりなら絶対ウケるし、おもしろいし、音も鳴るから飽きないし、絶対良い」みたいな、むちゃくちゃな論理で自分を騙し、缶ぽっくりに足をくぐらせてしまったのが、すべての間違いだった。まだ、足袋にしておけばよかった、と心の底から思った。
 しかし、選んでしまった以上は仕方ない。このだだっ広いコースを、缶ぽっくりで歩んでいくしかない。そう自分に言い聞かせてみるものの、目の前に広がる広大な道と、沿道から集中する観客の視線に耐えられなくなり、思わず泣き出してしまった。
 「なに泣いとんじゃ!」
 「自業自得じゃ!」
 「やめなよ、言い過ぎだって。かわいそうじゃん」
 沿道から飛ぶ罵詈雑言、そして、それ以上に僕をかばう言葉につらくなり、余計泣けてきた。涙で視界が霞み、目の前の道がおぼろげに揺れていた。ふらふらと歩を進めていると、後ろからチャカポコ、チャカポコと間の抜けた音が近づいてきた。後ろを振り向くと、自分と同じように心もとない空き缶に乗り、紐を手綱のように持ちながら、よろよろと近づいてくる男の姿が見えた。それは、かつてから仲の良かった友人だった。
 「え、お前も缶ぽっくりだったの」
 「え、ああ、うん。ぼーっとしてたら、缶ぽっくりしか残ってなくて」
 こいつも、僕と同じく阿呆で有名な男だった。自分と同じレベルの、同じ阿呆の登場に、僕はとても救われた。
 「俺、さっきスタートしたんだけど、観客の罵声がすごくて、でも、目の前にお前の姿が見えて助かったよ」
 頼りなさげにそうつぶやく友人に対して、僕は先ほどまで泣いていたのを悟られないように涙を袖でそっと拭い、こう言った。
 「あ、ほんと?僕はあんま気にしなかったけどね。最初から缶ぽっくりで行こうと思ってたし」
 こんな状況でさえ、友人より少し立場を上に持っていこうとしてしまう自分に嫌気がさした。本当は後悔と絶望に押しつぶされそうだった。
 「まあ、一緒にがんばろうぜ」
 「うん」
 虚勢を張り、まるで自分を励ますように、友人に声をかけると、僕たちは並んで歩き出した。缶ぽっくりに乗った男が並んで歩いているのが滑稽に見えたのか、沿道からふたたび笑いが起きた。先ほどまでの後悔や絶望は、もうなくなっていた。
 歩いている途中、ふと、横で歩いている友人の足下に目を落とした。足にぴったりとくっついた、その空き缶には「べにずわいがに」の文字が入った、金色のラベルが貼り付けられていた。急いで自分の足下に目を落とすと、そこには「輪切りパイナップル」の文字とともに、安っぽいラベルが見えた。
 「うわ、こいつの方がええやつやん」と思った僕は、同じ缶でも、先に選んだくせに安物のパイナップル缶に乗っているのが恥ずかしくなり、すぐにしゃがみこみ、友人にバレないようにこっそりラベルを剥がし、ポケットに突っ込んだ。
 「どしたん?」
 「......いや、なんでもない。ちょっとつまづいただけ」
 苦しまぎれに言い訳すると、僕たちはふたたび歩き出した。チャカポコ、チャカポコと間の抜けた音が、むなしく辺りに響いていた。

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