百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

夏の夜

 大切な人からもらったニューバランスを、もったいなくて履けずに、本棚にずっと飾っていたのだけど、なんとなく気まぐれを起こして、外に出して、履いて出かけた。もらってから、だいぶ日が経っていたので、足を入れると少しきつかった。その頃とは十キロ近く体重が変動しているのだから、当たり前だ。
 少し歩いただけで滝のように汗が出るような、暑い日だった。バンドを組んでいる人たちと、バンドを組んだ街で、お酒を飲んだ。楽器を持たずに、その街にいることに、心地よい違和感があった。酒気が高まり、声色も変わってきたころに、店員さんがケーキを持ってきた。ケーキにはロウソクが立てられていて、たくさんの火がゆらゆらと揺れていた。
 僕らの内の一人が、今日、誕生日だったのだ。ケーキが登場すると、店員さんの呼びかけもあって、誕生日を祝うためにみんなで歌を歌い出した。隣にいたカップルも、目の前のカウンターに座っている腕にびっしりと入れ墨の入った、いかついお兄さんも、外国人と思わしき店員さんも、手を叩き、祝っていた。普段、自分が店にいて、他の席の知らない誰かが誕生日だったとき、僕は手を叩くことができただろうか。そんな、僕の自意識さえも吹き飛ばしてくれるくらい、その場のすべてが優しかった。祝われて照れ臭そうにはにかむ彼の顔も、色とりどりの果物が並べられたきれいなケーキの味も、そのすべてが、ただただ正しかった。
 お酒が回って、ふらつきながら電車へ乗った。アルコールの回った頭では、目の前がすべてぼやけて、幽霊になったかのような気分だった。電車へ乗ったタイミングで、サラバーズというバンドのラストライブのアルバムを聴きながらふらふらしていると、あっという間に最寄りの駅についた。電車を降りたと同時に『バンドを始めた頃』という曲が流れ出した。バンドを始めた頃、僕は18歳だった。その頃にも、この曲をずっと聞いていた。
 そんな偶然に気分がよくなって、歩いて帰ることにした。真夜中になっても、あいかわらず暑かった。お盆という文化があるせいかもしれないが、夏の夜は、嘘もほんとうも、在るものも無いものも、その境目を失わせていくような気がした。
 こうやって、文章にするのがもったいないくらい、いい夜だった。酒気を失った明日の朝には、この文章を僕はどう思うのだろうか。でも、そんなことがどうでもよくなるくらい、すべてがいい夏の夜だった。
 卸したてのニューバランスに、慣れない足が擦れて、鈍い痛みが走っている。この靴が僕の足に馴染む頃には、なにか変わっているだろうか。今はなにもわからないが、わかりきっているのは、くるぶしに走る確かな痛みと、この夏の夜が僕にとって大切だったということだけである。

幽霊たちは今夜も酒盛りをして

後悔 思い出話 歌にしよう

あいつら人間には内緒だぜ

www.youtube.com