百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

菊池亜希子的な、なにか

 こないだ出た、菊池亜希子の「好きよ、喫茶店」をぺらぺらめくっているうちに、ある人のことを思い出した。その人は、僕の三つ上で、大学を出た後に別の学校へ入って勉強をしている、小柄でショートカットの似合う女性だった。僕の働いていたドーナツ屋さんの先輩で、僕と同じ中学校を出ていたのと、好きなものが近かったのもあって、とてもよくしてもらっていた。とてもやさしい人で、でもそのやさしさにはちゃんとした強度があって、ただ甘やかすだけじゃなくて、ちゃんとした厳しさも持ち合わせた人だった。
 バイトに入って少ししたくらいのある日、出勤すると突然、「坂口健太郎、好きでしょ?」と言われた。特別好きなわけでもなかったが、僕はその時、人から「坂口健太郎に寄せてこい」と言われて、人生初のパーマをあてた後だったので、それを見透かされた気がして、思わず足が震えた。「い、いや、別に普通です......」というと、その人は「ふーん、私は柳くんの方が好きだけど」と言った。どきどきしながら更衣室に入って、着替えていると、目の前の姿見に映る自分が、目に入った。そこに映っていたのは、坂口健太郎とはほど遠い自分で、思わず笑った。天性のストレートヘアーによって、パーマはすぐに落ちてしまった。今でこそ、国民的な人気がある坂口健太郎だが、当時はモデルから俳優に歩を進める最初の時期で、今ほどの人気はなかった。だからこそ、「坂口健太郎、好きでしょ?」の一言によりどきっとした。
 その先輩が敬愛していたのが、菊池亜希子だった。常に短く切られた髪と、パンツルックで、ボーイッシュはボーイッシュでも、菊池亜希子的なボーイッシュさが漂う、誰が見てもおしゃれな人だった。女の子よりも、男の子の服装を参考にしているそうで、読み終わったメンズファッジを大量にくれたり、菊池亜希子のマッシュをよく貸してもらったりしていた。マッシュを読んでいるうちに、菊池亜希子の強さを改めて思い知らされた。その人の影響で、僕も菊池亜希子がより好きになった。
 たまにバイト先の人たちで飲みに行ったときも、ずっとその人の横にいた。その人は僕とは違ってアクティブで、何事にもはっきりとした意思を持っていて、そういうところにとてもあこがれた。先輩もまた、自分とはまったく違うような僕のことを、とても面白がってくれた。「最近、ようやく松屋に一人で入れるようになりました」と告げると、「本当!良かったじゃん!次は吉野家だね」と笑いながら言った。
 先輩と僕は、共にちょうど年度末でバイトをやめることになっていた。僕よりもずっと長い間働いていた先輩は、それを寂しそうにしていて「やめたくないなあ」とこぼしていた。先輩はバイトをやめた後、都内で一人暮らしするとのことで、僕はバイトをやめることよりも、その先輩に会えなくなるのがなんとなく寂しかった。年度末に近づいた、冬のある日、バイト先の数人で飲み会が開かれることになった。飲み会といっても大したものではなく、仕事終わりになにを話すでもなく、一、二杯飲んで帰るだけの会だった。お酒を飲むことが目的ではなく、とりとめないことをだらだらと話しているだけだった。ハイボールを二杯飲んだだけの、ほろ酔いともつかないような状態で、会はいつものようにお開きになった。
 みんなで歩いて帰ってる途中、横にいた先輩が相変わらず「やめたくないなあ」とこぼしていた。その時、お互いに悩みを相談し合っていたので、僕もつられて、なんとなく「今から言葉を覚えて、フィンランドにでも行こうかと思ってるんです」と言うと、「え!それめちゃくちゃ良いじゃん!」と言われた。その目がとても真剣で、あしらわれると思っていた僕は「いや、冗談ですよ......行けたら素敵ですけどね」と言うと「え〜でも、それ良いと思うな。絶対行ったほうがいいよ。ていうか、行きな」と言われた。「冗談でしょ」「くだらないこと言うな」とか「現実見ろ」と言われると思っていた僕は、思わぬ返答にどきどきした。「こいつ、夢見がちだなとか思わないんですか?」と聞くと、「私、現実見ろとか人にまったく思わないから、私の言うことあんまり聞かないほうがいいよ、参考にならないから」と笑いながら言われた。そんな人に出会うのは、先輩が初めてだった。そしてそれが、とても眩しく見えた。つまらない冗談を言ってしまった自分が、とても恥ずかしくなった。
 思えば、その先輩だけではなく、僕が仲良くなる女の子は、なぜか菊池亜希子が好きだったり、影響を受けたりしている人が多い。女の子だけじゃなく、男でもだ。多いというか、ほとんどがそうである。そのことを不思議に思いながら、なんでだろうと思っていたが、今思えば、菊池亜希子が好きだと思うような感性を持っている人は、僕のようなよくわからないやつに優しく話しかけてくれたり、仲良くなってくれたりするような、やさしくて素敵な人が多いのだろう。
 思えば、これまでたくさんの「菊池亜希子的な、なにか」に救われてきた。そして、きっとそれはこれからも変わらないのだろう。

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