百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

milk and sugar

 昔、マクドナルドで持ち帰りのコーヒーを買ったら、店員のお姉さんに「よろしければ、お砂糖とミルクお入れしましょうか?」と聞かれたことがあった。なんとなく「あ、はい、お願いします」と答えると、目の前で砂糖とミルクを入れ、丁寧にかき混ぜてくれた。異性にコーヒーをかき混ぜてもらったことなど、お母さんくらいしかなかった僕には、その光景が衝撃的だった。笑顔で「はい、どうぞ!」と手渡されたホットコーヒーを「あ、は、はは、はい......」とブルブル震えながら受け取った。勢いあまって自らにコーヒーを浴びせてしまいそうだった。お姉さんにかき混ぜてもらったコーヒーは、いつもより、どこかほろ甘く感じた(気がしないでもなかった)。
 そのことがあってから、マクドナルドでコーヒーを買うときは、店内で飲むときも、わざわざテイクアウトで頼むようになった。コーヒーを店員さんがかき混ぜてくれるチャンスは、持ち帰りの際にしか起こらないからだ。しかし、その僕の浅ましい考えが店員さんにも伝わっているのか、なかなかコーヒーをかき混ぜてくれる機会は少ない。特にマニュアルに「お持ち帰りでコーヒーを頼んだ客には、こちら側で砂糖とミルクを混ぜるか聞く」なんて項目は存在せず、きっと接客に情熱をもった店員さんが、サービスとして行っているだけなのだろう。
 これまでの経験からしても、各店舗に一人は「コーヒーかき混ぜお姉さん」が存在していて、お店が空いているだとか、店員さんの機嫌が良いだとか、特別な条件が揃うことで、「よろしければお砂糖とミルク、お入れしましょうか?」という展開が訪れる。「コーヒーかき混ぜお姉さん」にコーヒーをかき混ぜてもらうには、様々な条件とタイミングの元で入店し、注文しないといけないのだ。
 でも、そう考えると「コーヒーかき混ぜお姉さん」が通常のサービスとして存在しているのが、メイドカフェなるものなんだろう。「それでは、萌えを注入いたしますね〜」という掛け声でガムシロップとミルクを注ぎ、「は〜い!では一緒にお願いしま〜す!萌え萌え〜!」「萌え萌え〜!!」「萌え萌え〜!」「萌え萌え〜!!」という客とのコールアンドレスポンスと共に、ぐるぐるとかき混ぜられる、アイスコーヒー。お値段、一杯1200円。僕は一回もメイドカフェに行ったことがないので、すべてイメージでしかないが、きっとこういう感じなんだろう。毎日、いつ、誰が行っても、お姉さんにコーヒーをかき混ぜてもらうことができることができるのが、メイドカフェなのである。あれは萌え文化、俗にいうオタクと呼ばれる文化、様式が前提としてありながら、その根底にあるのは「他人にコーヒーをかき混ぜてもらいたい」という、人間の行動のマニュアル化、人間関係の希薄化に伴った、現代的な欲求を満たすためのものなのである。
 だが、僕がお姉さんにコーヒーをかき混ぜてもらうことを望んでいるからといって、メイドカフェにいってコーヒーをかき混ぜてもらうことは、果たして僕の目的を満たしていると、いえるのだろうか。そもそも、「萌え萌え〜!!」という絶叫コールアンドレスポンスをできる自信がない(そもそもこんなやり取りがあるのかさえ不明だが)のと、あくまで、そのサービスが一つの売りになっているメイドカフェでは、マクドナルドのお姉さんのように主体性がない感じがする。再三ここで述べている、毎回、年齢確認してくるセブンイレブンの店員、ハヤシくんもそうだが、マニュアル化し過ぎた接客の中で、それをはみ出した行為に僕はどきっとする。「コーヒーかき混ぜお姉さん」も「ハヤシくん」も同じで、セブンイレブンマクドナルドといったような、特に接客のマニュアル化が徹底されていると思われる企業だからこそ、そこからはみ出したような行為に、人間味のようなものを感じて、どきっとするのである。
 しかし、「コーヒーかき混ぜお姉さん」の存在を強く思えば思うほど、「お姉さんにコーヒーをかき混ぜてもらいたい」という欲求は、おじさんが女性にビールの酌をされたがるのと同じなんじゃないか、と思えてくる。男女同権、女性の社会進出が謳われている現代の日本で、「お酌は女性がするもの」なんていう話は通じない。そんな旧時代的な価値観は、今の日本では淘汰されつつある。だが、お姉さんにコーヒーをかき混ぜてもらえたときの、あのドキドキを思ってからは、そんなおじさんに強く言えない自分がいた。
 大学時代、そんなことをずっと考えながら、ドーナツショップでバイトをしていた。自分も、アイスコーヒーをお客さんに手渡す機会は多々あったが、一度も「よかったらガムシロップ、お入れしましょうか?」と言ったことはなかった。なぜなら、そのセリフを自然に言うことができないから。お客様のためを思ってとか、接客に情熱を込めて、みたいな考えが一切ないから、「あ、あ、あの、ココ、コーヒー、良かったら、ま、混ぜしょうか?」「え......いや、大丈夫です......」みたいな、「ガムシロップと一緒になんか変なもん入れられるんじゃないか?」という不自然な感じになってしまう。それに、かき混ぜる僕としても「へ......ヘヘ......」とねるねるねるねのCMの魔女ライクな感じになるから、邪である。
 コーヒーをかき混ぜたい、かき混ぜられたい、という思いだけが宙に浮かび、ふわふわとしている。きっと、コーヒーをかき混ぜあえる人のことを恋人と呼ぶのだろう。お互いの好きなコーヒーの温度、入れる砂糖の本数、ミルクの量までわかりあってて、それ通りにかき混ぜあえる関係。とてもあこがれる。もし、今度好きな女性とお茶をする機会があったら、言ってみよう。
 「あ、あの、コ、コーヒー、ミルクとか、あ、あの、良かったら、かき混ぜるよ」
 「いや、私、ブラックが好きなんで大丈夫です......」

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