百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

We could be friends

 別にほしいものなどないのに、気づくと近くのセブンイレブンに入店している。朝に行こうが、深夜に行こうが、いつでもハヤシくんはいる。まるで、僕が入店するタイミングに合わせてシフトを入れているかのように、店に入る度にレジの奥から「いらっしゃいませ〜!」と甲高い声が聞こえる。わざわざ値段の高いコンビニで買わなくたっていいのに、お酒を取り出し、レジカウンターに置くと、いつものように「すみません、年齢確認できるものお持ちでしょうか?」と聞かれる。そうそう、これこれと思いながら、免許証を手渡す。「すみません、ご協力ありがとうございます」そう言いながら免許証を僕に返したあと、彼は「ご迷惑おかけしてすみません」と言った。いや、なにもご迷惑じゃないですよ、むしろ僕はこれをやりに来ているんです、そう言いかけたが、黙って少し頭を下げ、店を後にした。
 「ご迷惑おかけしてすみません......」申し訳なさそうにハヤシくんが言ったそのセリフが、どこかで引っかかった。僕の存在も、僕が成人であることも、彼は何度も接客しているのだから、当たり前のように認知していて、何度も免許証を見てきたことから、もしかしたら僕の誕生日が3月14日であることも、写真の髪の毛のクセがすごいことも覚えているかもしれない。しかし、それらを当たり前のようにわかっていながら、どうしても彼の中で「年齢を確認しなくてはいけない」という強迫的な観念にも似た強い気持ちが芽生えているのかもしれない。あの一言には、そんな少し切実な響きがあった。
 思い返してみると、このセブンイレブンで最初に年齢確認をされたのは、僕が誕生日を迎え、二十歳になった、ちょうどその日だった。深夜0時になり、日付が変わって僕の誕生日になったものの、周りに直接「誕生日おめでとう」と言ってくれる人がいなかったため、かなしくなった僕は、セブンイレブンに向かっていた。二十になりたての状態で、コンビニでお酒を買ったら「すみません、年齢の確認できるものお持ちでしょうか?」「あ、はい」「あ、ちょうどさっきがお誕生日だったんですね、おめでとうございます!よかったらからあげ棒どうぞ!」みたいな展開があるかもしれない、そう思ったからだ。二十になったとは思えないくらい、僕は考えが浅はかであった。
 意気揚々とセブンイレブンへ向かい、ドキドキしながらお酒を手に取り、レジへ置いた。その日は昔からいるおばちゃんの店員だった。おばちゃんがお酒のバーコードを読み込むと、レジ横のモニターに年齢確認のボタンが現れた。「20歳以上ですか?」初めて「はい」のボタンを押した。すると、レジを打っていたおばちゃんに「あの、年齢確認できるものお持ちですか?」と尋ねられた。僕は緊張で手が震えながら、財布から学生証を取り出し、おばちゃんに渡した。「あ、は、はい......こ、これ......」「......あ、ちょうど二十歳なんですね」おばちゃんはそう言いながら学生証を返した。「お誕生日おめでとうですね〜」少し微笑みながらおばちゃんにそう言われた。「は、はい......!ありがとうございます!」僕は元気良くそう答えると、スキップで店を飛び出し、そのまま家まで帰った。
 今思うと、そのときのことがセブンイレブンのスタッフの間で話題になっていたかもしれない。

 「昔、芋けんぴばっか買いにくる男の子いたでしょう?あの子、こないだ夜遅くにきて、お酒買っていったのよ、しかもそれが二十歳になったばかりのときだったの」
 「ええ、誰にも祝ってもらえないから、わざわざ年齢確認されにきてスタッフに祝ってもらおうとでも思ったのかしら」
 「私も怖くなっちゃって、思わずおめでとうって言って帰しちゃったけど、不思議な子ねえ」
 「ほんとねえ、昔から異様に前髪が長くてなに考えてるのかわからない子だったものね」
 「なにか事件の一つでも起こさないといいけどねえ」
 「ちょっと!そんなこと言ったら失礼よ〜ハハハ」

 そんなおばちゃんスタッフ同士の会話を、ハヤシは隅の方で売れ残った惣菜パンをかじりながら聞いていたのだった。ハヤシもまた、友達も少なく、恋人もいない。自分の誕生日に「誕生日おめでとうメール」がくるのは妹と母親だけのさびしい男だった。だからこそ、ハヤシは憐憫と同情の入り混じった複雑な感情で、その話を聞いていた。それから数日して、いつものようにレジへ立っていると、前髪が重たく、目つきの悪い男が入ってきた。「あれが、こないだ話していた......」ハヤシはそう勘付くと、その男の動向を隈なく追った。男はお酒と紙パックの紅茶、そしていちご練乳氷を手に取り、怪しげにレジの方をキョロキョロと覗くと、いそいそとそれらをハヤシの目の前に置いた。
 ハヤシはドキドキしながら一つ一つの商品を読み込んでいった。お酒のバーコードをリーダーで読み込んだとき、モニターの画面に現れたボタンを、男がタッチした。ハヤシは緊張で震える声と手を必死に抑えながら、男に尋ねた。「ね、年齢確認のできるもの......お、お、お持ちでしょうか?」すると、男は大きく目を見開いた。そしてその表情は、どこかうれしそうな笑みに変わり、こう答えた。「は、は、はい!こ、これ、こ、こ、これ!」震える手で差し出された免許証には、気の弱そうな一人の肖像があった。ハヤシはその姿を見て思った。この人となら、僕は仲良くなれるかもしれない。しかし、コンビニの店員と客という関係上、話しかけるのはマニュアルからはみ出した行為だ。仕事上、立場が上である客の方から話しかけるのを待つしかない。ハヤシはそんな一縷の望みを託しながら、男に問うのだった。
 「年齢の確認できるもの、お持ちですか?」

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