百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

美味しい油蕎麦屋さん

 大学に通った四年間を、今になって振り返ってみると、思い出せるのは学食の油そばがおいしかったということくらいかもしれない。いや、大学で勉強してきたことや、友人との思い出などはいまでも覚えているが、真っ先に思いつくのは、やはり学食の油そば(370円)のあの味である。

 うちの大学には二つ学食があり、昼休みになると学生や先生達で賑わう学生食堂と、新しくできた、ホテルの最上階にあるような、高級な食堂があった。学生が昼休みや普段の昼食などで利用するのは、もっぱら学生食堂の方で、その学食は「an an」の学食ランキングで上位に入るくらい、安くておいしいのが有名な食堂だった。そこで提供されているものは特に変わったものではなく、どこでもあるような普通のメニューである。カレー(270円)やきつねうどん(240円)となにを食べても、安くておいしかった。

 この学食に初めて行ったのは、高校生のときのオープンキャンパスだった。いまでも鮮明に覚えているが、入学式から片思いしていた女の子と、ようやく一言二言話せるようになった高校三年生のとき、勇気を出して誘い、二人で大学のオープンキャンパスに行ったことがあった。模擬授業や施設案内など一通り見てから、学食で昼食を食べようという話になり、二人で学食に行った。僕は今でこそ気にならなくなってきたが、元々人の前でものを食べれない人間で、目の前にいたのが好きな女の子であったのもあって、あまりの緊張に身体中の血が沸騰しそうになりながら、黙々と食べた。ドキドキしすぎて、そのときの塩ダレ唐揚げ丼は、ほとんど味がしなかった。結局、その日はあまりの緊張で、ほとんど会話を交わすことができず、最終的には僕とその子の間に少しの距離ができたまま、帰りの駅まで歩いていた。

 そんなほろ苦い(?)思い出もあり、大学へ入学してからしばらくは、学食へ行くことができなかった(以前ブログで書いたように友達がいなくて一人で学食に入る勇気がなかっただけで、しばらくはわざわざ歩いて10分かかる、駅前のマクドナルドに通っていた)。大学三年生になり、ゼミに入ってから、同じゼミの人たちと仲良くなった。うちのゼミは他のゼミと比べて厳しいところで、毎週ある発表のために、毎日毎日、遅くまで大学に残って一緒に勉強していた。そのため、昼食と夕食を学食で、そしてみんなで食べることが多かった。きっと、先生の狙いもあったのだろう、ほとんど喋ったことないような同じゼミの人達と共に勉強し、ご飯を食べたことでどんどんと仲良くなることができた。

 その時に初めて、気まぐれで頼んだ油そばに出会った。油そばといっても、大したものではなく、ラーメン(250円)の麺と具材をそのままに、スープを抜いて醤油ベースのタレを加えたような、簡単なものだ。しかし、それがびっくりするくらいおいしかった。昼食に油そばを食べて、そのまま夕食も油そばを食べていた。「○○くん、いつも油そばだね」と言われても、気にならないくらい油そばを食べ続けていた。みんなで学食へ行き「うーん、今日はなににしようかなあ」「いや、どうせ油そばでしょ」という犬も食わないような、しょうもないやり取りを交わしつつ、毎日毎日、油そば(370円)と大盛り券(50円)のボタンを押した。来る日も来る日も、油そばを食べ続けた。ゼミで発表がうまく行き、教授に褒められた日も、卒論がうまくいかず、苦しんだ日も、いよいよ卒論を提出し、解放感に包まれた日も、油そばがいつも目の前にあった。

 もし村上春樹や、松浦弥太郎だったら、大学時代に恋人と一緒に、あるいは一人で行ったお洒落なご飯屋さんや、定食屋の思い出なんかを、読んでいる人間に匂いが伝わってくるような、素敵な描写で綴るのだろう。しかし、僕にそんな思い出など一つもない。都内のど真ん中に大学があったのだから、そういうお店に行くことはいくらでもできたはずなのに、僕の記憶にあるのは学食の油そばと、マクドナルドのチーズバーガーだけだ。

 卒論もいよいよ終盤に差し掛かり、いよいよゼミ自体が終わりに近づいていた、とある日に、相も変わらずゼミの人達とみんなで学食に行った。学食の食券機の前で「もうこの油そばを食べるのも、あと数回になってきたな」と友達に話しかけると、友達が「......大盛り二枚っていけるのかな?」と言った。油そばを頼むとき、大盛り券(50円)という食券を買うことで、麺の量を二倍にすることができるのだが、それをもう一枚足すことで、三玉分の量にすることができるんじゃないか、そう思った僕たちは、迷う暇もなく大盛り券(50円)のボタンを二回押していた。

 昼休みも過ぎ、学食はいつもと違い、静かで落ち着いていた。列に並び、やがて目の前に並んでいた友達の番になり、キッチンに立っているおばちゃんに尋ねた。「大盛り券、二枚っていけますか?」「え?無理だよ、二枚は無理」おばちゃんは、いつもと同じように無機質で、あくまで仕事、流れ作業として淡々と答えた。そうか、やはり大盛り券二枚は無理なのか、そう諦めた瞬間、奥にいた学食の料理長と思われるおじさんが「いいよ、二枚。二つ入れてあげて」と言った。「え!いいんですか?」僕たちはその一言に色めきたった。「いいよ、ただ、今日だけ特別ね」おじさんは照れくさそうに微笑みながら、そう言った。 

 きっと、そのおじさんは僕が毎日毎日油そばを食べ続けていたこと、そして四年生でもう卒業が近いこと、それらをすべて知ってくれていたのだろう。おじさんの粋な計らいによって、僕らは油そばの大盛り券ダブルという夢を叶えることができたのだった。おばちゃんから「まったく、しょうがないわね」と呆れ気味に渡された油そば大盛り券ダブルを、僕らは興奮気味に受け取ると、まるで子供のように席に走った。興奮しすぎて、七味を大量にかけすぎてしまったが、そんなのは一つも気にならなかった。「すげえ、すげえよ、これが大盛り券ダブルの油そばか」「俺たちはこれを食べるために卒論をがんばってきたんだな」友達とはしゃぎながら、写真をバシャバシャと撮った。

 「うま!......ん?薄い......?」最初に口に入れた瞬間、頭に浮かんだのはこの言葉だった。計三玉分という予想だにしていない麺の量に、タレが明らかに追いついていないのだ。しかも、麺がタレを吸い込むことでどんどん渇いてゆき、とても食べづらい。明らかにいつも食べていた油そばより、おいしくなかった。ふと隣で同じものを食べている友達に目を向けると、多分僕と同じであろう感情で、渇いた麺をすすっていた。「......普通の大盛りのほうがうまいね」友達がぼそっと言った。さっきまでの興奮は、すでになくなっていた。三玉分の麺は想像以上に多くて、胃もたれを起こし、その後、僕らはグロッキーな状態でパソコンにむかっていた。

 求め過ぎたら、失敗する。そんなこの世の一つの答えというべき事実を、僕は油そばから学んだ。しかし、大盛り券ダブルの油そばは僕らにとって失敗ではあったが、それも良い思い出になった。僕の大学の青春は、油そばに始まり、油そばに終わった。一つ一つの楽しかった思い出や苦しかった記憶、風景に油そばのあの味が染み付いている。高校のときに行ったオープンキャンパスで、塩ダレ唐揚げ丼じゃなくて、油そばを頼んでいたら、もっとスムーズに食べれたし、それによって会話も弾んでいただろうか。今になってそう思うこともあるが、きっと変わらなかっただろう。どれも、まるで油そばのタレのように、”しょっぱい”思い出である。

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