百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

スパゲッティ・ストーリー

 幼い頃から、余計なことばかり考えている。前にも書いたが、クリスマスにプレゼントをもらったときに、サンタクロースを信じ切っていた僕は、フィンランドという遠い異国の地から、どういった行程をもって「ポケットモンスター」のソフトが運ばれてきたのか、ずっと考えていた。それというのも、幼少期に読んだ絵本に、こんな描写があったのだ。

 それは、サンタクロースがフィンランドの山奥かどこかの、魔法の工場のようなところで、全世界の子どもたちのほしい物を大量に生産し、それらがベルトコンベアーに乗って次々と流されてゆき、まるで工場からトラックで出荷するように、待機している大勢のトナカイが引くソリに積まれ、全世界の各地へ飛び立つというシーンだった。この絵本の描写に衝撃を受けた、幼き頃の僕は、サンタクロースというのは魔法使いなのだと、本気で信じ込んでしまったのだ。

 それと同時に、妙に現実的に物を見る嫌な子どもだった僕は、フィンランドの山奥の魔法の工場という、ファンタジックなイメージと、「ポケットモンスターのソフト」がうまく結びつかなかった。例えば、かわいいクマのぬいぐるみ、とか木製のおもちゃ、飛行機の模型とかなら、魔法の工場のレーンに流れていても不思議ではないが、「ポケットモンスターのソフト」は明らかにその世界観から浮いている。乃木坂46大仁田厚が混ざっている、とでもいうくらい不自然である。「ポケットモンスターのソフト」はゲームフリーム、及び任天堂が開発、販売しているものだし、クマのぬいぐるみ、飛行機の模型と違って、ちゃんとした規格の中で作られ、プログラミングされ、デバッグを経て、製造されたものなのに、それらをすべて飛び越えて、サンタクロースは自らの魔法で「ポケットモンスターのソフト」を生み出すことができるのか?幼い頭なのでここまで詳細ではなかったが、ぼんやりと疑問符が浮かんでいた。

 要は、僕は昔から合理的に物事を考えることができないのである。常に要らぬものばかり考え、要らぬ方向を向き、要らぬものが溜まっていく。クリスマスのプレゼントも、何も考えずにただ受け取ればいいのに、勝手な空想をはじめることで、妙なもやもやを抱えてしまう。それらを考えることは、僕の中で楽しいことでもあったりするのだが、無駄なことばかり考え、極端な思考になりすぎたために、僕は自意識過剰で、一人で定食屋に入ることもできないような人間になってしまった。

 二十二歳になった今も、その癖は直っていない。例えば、数年前からほっともっとのお弁当を食べる度に「お弁当のおかずの下に敷かれているスパゲッティ」が気になって仕方ない。誰もが一度は目に、口にしたことがあるだろう。主にほっともっと(ほっかほっか亭)のお弁当や、たまにスーパーのお惣菜やお弁当のおかずにも敷かれている、あのスパゲッティである。スパゲッティといっても、ナポリタンやカルボナーラのような、味のついている料理としてのスパゲッティではなく、ただあのパスタをお湯で茹でただけの、なんともない麺である。

 ほっともっとがまだほっかほっか亭だった時代、幼かった僕は、からあげの下から顔を覗かせる、あのスパゲッティの存在が衝撃的だった。小さい頃からスパゲッティが大好きだった僕は、親にねだってよくナポリタンやミートソースのスパゲッティを作ってもらっていた。小さい僕からしたら、スパゲッティはご馳走とでもいえるような、おいしくて、かっこよくて、おしゃれな食べものだった。そんな、大好きなスパゲッティがからあげの下に敷かれているのだ。どういう意図でこのスパゲッティが敷かれているのか、幼い僕の頭では理解できなかった。

 理解できないながらも、からあげを食し、残ったスパゲッティを口にすると、思ったよりもおいしかった。からあげからにじみ出た油と、残った塩こしょうの味がなんとも言えないチープな味わいになっていて、それはそれとしておいしかったのである。何度も食べている内に、段々とあのスパゲッティを食べたくて、カレーでもなく、親子丼でもなく、からあげ弁当を頼んでいる自分がいた。それほどまでに、僕の中であのスパゲッティの存在が大きくなっていたのだ。

 数年前、テレビでほっともっとのお弁当の特集をしていて、あの謎のスパゲッティがなぜ敷かれているのか、その理由が明かされていた。理由はいくつかあって、スパゲッティで底上げしておかずの量を見せるため、おかずを固定させるため、余分な油を吸ってくれるため、熱いおかずで容器が溶かすのを防ぐため、などが挙げられるらしい。確かに、どれも理にかなっていて、素晴らしいアイデアである。だが、その理由を知っても、僕はいまだにあのスパゲッティの存在が気になって仕方ない。

 本国、イタリアでは代表的な食べ物として知られ、全世界で広く知られているスパゲッティ。その歴史は大変古く、紀元前四世紀のエトルリア人の遺跡から、パスタを製造する道具が発見されているらしい。現在と同じようなパスタが普及されたのは、十六世紀にナポリ飢饉に備えるための保存食として使われだしてからで、既に何百年、何千年というレベルでスパゲッティ、パスタが人々に親しまれてきたことがわかる。そんな偉大な食べ物、スパゲッティが東洋の小さな島国、日本ではお弁当のおかずの下敷きとして使われているのである。その衝撃的な事実を思うと、あのスパゲッティの存在が違う見え方をしてくる。

 ほっともっとのキッチンには、あの「謎スパゲッティ」を茹でるための専用の鍋が用意されていて、毎日毎日、開店前に「謎スパゲッティ」を大量に茹で、からあげ弁当やハンバーグ弁当の注文を受けて「謎スパゲッティ茹で置き場」から「謎スパゲッティ」を「謎スパゲッティ専用トング」で取り出し、敷き詰めているのだろう。もしかしたら、一日に大量の「謎スパゲッティ」を消費するため「田中くん、月曜日の夜、謎スパゲッティ仕込み要員でクローズ入れない?」「謎スパっすか、あれ大量に茹でなきゃなんで部活終わりだとしんどいんっすよね......」なんていうやり取りがなされているかもしれない。ほっともっとの主力商品である、からあげ、海苔弁当に乗っている白身魚のフライを揚げるフライヤーや、カレー用の大きな鍋、ステーキを焼くためのフライパンとは別に、ちゃんと「謎スパゲッティ」を茹でるための鍋が存在していると思うと、楽しい気分になってくる。もしかしたら、工場から「謎スパゲッティ」は茹であがった状態で袋詰めされ、そこから取り出して使っているだけなのかもしれない。事実はどうであれ、あの「謎スパゲッティ」がこの世の中に必要なものとして「謎スパゲッティ」が「謎スパゲッティ」としてちゃんと存在しているという事実が、僕の中でとても面白いし、その空想を膨らませていくのが、とても楽しいことなのだ。

 「謎スパゲッティ」のことで頭がいっぱいになった僕は、「謎スパゲッティ」のことをインターネットで調べてみると、こんな記事がでてきた。それは、昔「ほっかほっか亭」でアルバイトをしていた人が「謎スパゲッティ」のあの味を再現しようとするもので、その中で衝撃的な事実が書かれていた。なんと、あのスパゲッティを茹でるのは常に「おじいちゃん店長の仕事」で、茹で時間を計ったりはせず、二十分近く茹でられていたこともあったという。しかも、作り方にマニュアルがなく、ある店では茹でた後に炒められていたり、ある店では茹でた状態のまま提供されていたり、各店舗によって様々な「謎スパゲッティ」が存在しているのだという。日本全国、そして海外店鋪も含め、2655店鋪を持つほっともっとでは、2655種類の「謎スパゲッティ」が存在しているのだ。そのことを思うと、頭がクラクラしてくる。

 「謎スパゲッティ」を茹でるのはいつも「おじいちゃん」の店長だった、という情報が、どこか侘しさと寂寞な思いを感じさせる。そのおじいちゃんは、若いときから「ほっかほっか亭」に勤め、フランチャイザーとの商標権争いの末に「ほっかほっか亭」から「ほっともっと」へ屋号を変える激動の時代も、ずっと「謎スパゲッティ」を茹で続けてきたのだろう。「謎スパゲッティ」を茹でることで稼いだお金で、一人娘は成長し、大学へ進学し、やがて結婚して家を出ていった。自分以上の「謎スパゲッティ」を茹でられる人物はいない。そんな自信から、おじいちゃんと呼ばれるまで歳を重ねた今も「謎スパゲッティ専用鍋」の前に立ち続けているのかもしれない。はたまた「二十分以上茹でられていたこともあった」ということから、老化が進み、時間の感覚もなくなり、体も若いときほど自由に動かなくなってしまい、職場の若いものに煙たがられ「店長がからあげ揚げるといつも黒焦げになるし、ご飯の量もいっつも間違えてるんで、もうずっと謎スパ茹でててもらっていいっすか」と、一番簡単な仕事である「謎スパゲッティ茹で」を無理矢理押し付けられているのかもしれない。「謎スパゲッティ」には日本の高齢化社会、そして定年を迎えてもなお働かなければいけない、という労働問題が深く根付いているのだ。

 あの「謎スパゲッティ」には、僕の想像力を遥かに飛び越えた深い”物語”があった。「謎スパゲッティ」を口にするとき、僕は一人の優しき老人の姿を思うのである。

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