百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

パピコ・パピコ・パピコ

 世の中には二種類の人間がいる。女の子からパピコを分け与えてもらったことのある者と、そうでない者だ。私はこれまで、二十二年間の歳月を過ごし、言葉を覚え、ものを学び、恋をし、生きてきたわけだが、一度も女性からパピコを分け与えてもらったことがない。自分からパピコを分け与えて、共に食べるのとは話が違う。重要なのは、”女の子”のほうからパピコを分けてもらったかどうか、だ。

 先日、人から「女の子にパピコを分けてもらった」という話を聞き、思い返してみたら、自分の人生でまだ一度も、パピコを分け合って食べたことがないという衝撃的な事実に気づき、その場で膝から崩れ落ちた。自分は果たして、なんのために生活をし、勉強をし、大学を出て、バンドをやったり、文章を書いたりなどしていたのか。それは女の子からパピコを分け与えてもらうためじゃなかったのか。

 とある研究所の調べによると「女の子にパピコを分け与えてもらったことがある」かどうかによって、生涯収入に大きな差が出るらしい。その差は、なんと数千万にも及ぶ。無論、分け与えてもらったことがない人の方が低い。よくよく調べてみると、この世の経済を大きく動かしているような、地位の高い人間は、ほとんどの場合、女の子にパピコを分け与えてもらった経験があるらしい。ビル・ゲイツも、今は亡きアップル社のスティーブ・ジョブズも、ドナルド・トランプもだ。資本主義の根底に横たわっているのは、パピコの存在だったのである。

 ああ、このまま僕は一度も女の子からパピコを分け与えてもらえないまま死んでゆくのかと、僕は暗惨たる自分の未来のことを思った。「女の子にパピコを分け与えてもらえる屋」があればいいのに。昨今、話題の女の子が添い寝するだけの添い寝屋、女の子がカップヌードルを作る三分間だけお喋りすることができるヌードルカフェなどと同じように、女の子にパピコを分け与えてもらい、すべて食べ切るまでお喋りができる屋、名付けて「パピっ娘!」である。いかがわしいお店みたいな名前だが、そうではない。女の子にパピコを分け与えてもらったことがある人口が増えることにより、GDP(国内総生産)が増加し、日本はかつての経済大国の姿を取り戻す。長く続いた不景気の時代は終わりを迎え、豊かな時代が訪れる。女の子からパピコを分け与えてもらえることで、救える命があるのだ。

 「お待たせしました!はい、パピコどうぞ!」

 女の子から元気よく渡される、切り取られた一本のパピコ。そのパピコは、それまで僕が食べてきたそれとは、違って見えた。

 「私、いっつも思うんです、結局フタにちょっとだけついてる部分が一番おいしいって」

 恥ずかしげに笑いながら、彼女はパピコのフタ部を口にくわえる。僕はそれを横目にしながら、パピコの封をそっと開け、口にする。チョココーヒーの豊かな風味と、甘さが口に広がる。これが、女の子に分け与えてもらったパピコの味か、と思う。それまで僕が食べてきたパピコは、パピコではなかった。そう思わせられるくらい、おいしいパピコだった。

 「パピコ、お好きなんですか?」

 「ア、好きです......いつもは一人で二本食べちゃうんですけどね」

 「私も家ではいつも二本食べちゃいますよ、なかなか人と分け合うことってないですよね」

 女の子と交わす何気ない会話。その一つ一つに感動した。この時間が永遠に続けばいいのに、と思った。気づけば僕は、彼女に恋をしていたのだ。たぶん我々はこのとき会うべくして会ったのだし、もしあのとき会っていなかったとしても、我々はべつのどこかで会っていただろう。とくに根拠があるわけではないが、僕はそんな気がした。

 彼女はとっくに、自分のパピコを食べ終えていた。お腹をさすりながら「この仕事してると一日に何本もパピコ食べなきゃいけないからすぐお腹下しちゃって......」と言った。僕は彼女との時間を少しでも長く過ごしたくて、少しずつパピコを食べた。食べ切ってしまったら、この時間が終わってしまうからだ。長時間、僕の手に握られたパピコは、もうどろどろに溶けていた。自分の思いを言葉にして、伝えなければいけない。そう思いながらも、口を開けずにいると、黒服に身を包んだ男が部屋に入ってきた。

 「お客様、他のお客様のご迷惑になりますので、そろそろご退店いただいてもよろしいでしょうか?」

 男が、僕の手からパピコを奪い取る。

 「人が......人がまだパピコを食べてる途中でしょうが!」

 羽交い締めにされ、店外に放り出される僕。地面に叩き付けられる、パピコ。泥のついた一万円札で手に入れた、僕のパピコーー。

 

「昼飯をごちそうしてもらったくらいで一緒に死ぬわけにはいかないよ。パピコならともかくさ」ーー村上春樹ノルウェイの森』より

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