百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

マイク・チェック

 二、三ヶ月に一度くらいのペースで、ライブなるものを行っている。ライブっていうのは、つまり人間が楽器を持ち寄って、一斉に鳴らしたりなどする、アレである。このライブというものを行うために、大人四人で集まって一緒にお稽古をしたり、家でぽろんとギターをつま弾きながら、冗談を言ったりしてみる。それはやがて曲となり、歌詞となる。それらがうまくいくと、小生は天才のそれではないだろうか、と思うしうまくいかないと、ギターを引きずりながら全裸で街を全力疾走したくなる。何度やっても大変な作業だが、楽しい。僕は浮世ガールなるバンドを組んでいて、気づけば、こないだの五月三十日を持って、結成、丸四年を迎えた。アルバムも一枚出した。ライブもそれなりにやってきた。だが、いまだに慣れないことがある。それは、ライブのリハーサルという行為だ。

 ライブハウスでは、ライブ演奏を行う前に、大体の場合リハーサルと言って、楽器を一つ一つ鳴らしながら、バランスなどを確かめたりする。このリハなるものが非常にややこしくて、難しい。僕が初めてライブハウスに出た時、このリハーサルの時にとても戸惑ったのを、いまだに覚えている。例えば「返し」の問題。

 ライブ演奏を行うとき、周りの楽器や、自分の出している音が聞こえない、という問題を防ぐために、目の前に置いてあるモニターという装置から音を出してもらう。リハの際、そのモニターからちゃんと音が出ているか、バランスがよくとれているか、など確認しなければいけないのだが、これが難しい。初めてライブハウスに出たとき、他バンドのリハを眺めながら「すいませ~ん、ドラム三点お願いします!」「上手のギターにベース強めでお願いします」などと、ぶつぶつ呟いている輩を見て「さっきから何を言うてんねん」と思いつつ、初めて聞く言語の数々にドキドキしていた。そのやりとりが、どこかプロっぽくてかっこよかった。

 やがて、自分の出番になり「バンドでお願いしま~す」とPAに言われギターを鳴らす、じゃら~ん、聞こえる。ギター聞こえています。ボンボン、ベースも聞こえる。ドンドンタンッ、ドラムも聞こえる。ちゃんと返ってますよ。いや、これだと返ってると言えないのか?そう思うと、ベースの音が小さいような気もしてくる。「モニター、大丈夫ですか~?」戸惑っていると、PAにそう言われた。適当に「ア、ギターの方にベースの返しください!」と言ってみる。「オッケーで~す」ボンボン。すごい、ベースの返しが大きくなった。すげ~。これがリハかあ、すごい。初めてモニターを返してもらったという、”プロっぽさ”に酔いしれながら、僕は初ライブを終えた。

 ”プロっぽい”仕草にあこがれる。例えば、フェスなどで、演奏中に歌いながらイヤホンモニター(耳につけるタイプのモニター)を付け直すという行為。わかりますか?この良さ。今まで、僕以外の「イヤモニ付け直しフェチ」に出会ったことがない。あとは、サウンドチェックでローディーさんがボーカルマイクを確かめる時の発音。

 「ツェー!ハーッ!ツェ、ツェー!エフ、エフ、ゲー、アーッ!チッ、チッ!アーッ!!」

 ライブに行ったことのある人ならば、一度は耳にしたことがあるだろう。僕は初めてこれに遭遇したとき「ヤバい人がステージ上でなんか叫んでる」と本気で思ったが、この「ツェー」とか「ゲー」には意味があるらしく、「CDEFGAB」という「ドレミファソラシド」の音名をドイツ語で言うと「ツェー」だとか「ゲー」になるらしい。あとは、破裂音でハウらないか、とかいう意味合いなども含め、使われているとのことだった。「ツェー」というなんとも間の抜けた響きにとても惹かれたが、小さなライブハウスのリハでは「ツェー」や「ゲー」なんて言葉は聞いたことがない。大抵が「ア~~~~~!」という一音のみだ。あー「ツェー」って言いたい。プロっぽくてかっこいいから。一度でいいから言いたい。

 「ツェー、ツェー、ツェツェツェツェー!ツェツェツェ、ツェー!」

 脳内で「ツェー」のリハーサルを繰り返しながら、いざリハを迎えると、口に出していたのは「ア~~~~~!」という音だけだった。クソ、今日もだ。今日も「ア~~~~~~!」しか言えなかった。僕はいつだってそうだ。高校時代、好きだった女の子に「おはよう」の一言も言えなかった。クソ、クソ。リハで「ツェー」と発音するのには、好きな女の子に「おはよう」と話しかけるのと同じくらいの勇気を必要とした。ツェー、あー言いてえ、ツェー。

 たまに、マイクチェックの時にアカペラで歌い出す者もいた。その手があったのか。すごい。確かに、実際に歌ってしまった方がライブの状態と近いし、そっちの方がいいのかもしれない。ええやん、それ。しかし、大勢の人間が見ている中で、アカペラで自分の書いた歌詞を発音するなんて、恥ずかしくてできなかった。なら、他の人の作った曲を歌っちゃえばいいんじゃないか。

 「女の子のために今日は歌うよ~

 「すいません、クセが強いんで岡村ちゃんはやめてもらってもいいですか~」

 「もう恋なんてしないなんて~言わないよ絶対~

 「勝手にそうしてもらっていいですか~」

 「いいんですか、いいんですか~♪」

 「そんなに人を好きになっていいんですか~」

 いかん、いかん。脳内で組んでいた漫才コンビの相方に「ライブのリハーサルやってみたいんで、PAやってもらってもいいですか?」と漫才コントを振ってる場合ではない。それにしてもM-1だったら予選も通れないような、つまらない漫才である。小生はこういうしょうもないやりとりが思いついては、ハハハ、おもろいやん、ハハ、とぶつぶつ一人でニヤける癖がある。違う、違う。そんなことはどうでもいいんだ。俺は「ツェー」が言いたいだけなんだ。ツェー、ツェー。虚空に向かって発音してみる。楽しいな、ツェー。ツェー、ツェー......。

 ある朝、僕は不安な夢から目を覚ますと「ツェー」以外の言葉を発せなくなっていた。「いや、トリッキーなフランツカフカか!」脳内で相方がつっこむ。フランツカフカはそもそもがトリッキーやろがい。ツェー、ツェー。最高~!リビングにいた妹に話しかける。

 「ツェー(おはよう)」

 「は?キモ」

 なんと言われようと気にならない。もうリハでツェーと発音しても「リハでツェーと発音してプロぶりたい人」だと思われず「それしか発音できないために仕方なくツェーと発音している人」になれた。これで、もうなにも気にせずにリハで「ツェー!」と叫ぶことができる。

 「じゃあ、センターのマイクの方からお願いしま~す」

 「ツェー、ツェー!ツェツェ、ツェー!ツェツェツェツェ、ツェー!ツェー!」

 「は~い、ありがとうございま~す!」

 そのままライブへと突入する。しかし、僕は「ツェー」としか発音することができない。

 「ツェー♪ツェツェツェツェ~♪ツェ~♪」

 フロアで見ていたギャルの一人がつぶやく。

 「なんでずっとツェーって言ってんの、ウケる」

 やった、ギャルにウケた。ギャルはウケるものが好きだ。そうか「ツェー」こそが正解だったのか。普段、僕が歌っていることなど、ギャルにウケる要素は一つもない。ツェー、最高。無敵になった気分だった。それに、段々面白くなってきた。ツェー、ツェー、愉快だ。ツェー。その勢いのまま、好きな女の子に話しかける。

 「ツェー(おはよう)」

 「......」

 かなり戸惑った様子で、怯えたように僕の目をまっすぐと見つめる女の子。ハハハ、おもろいやん、これ。

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