百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

ダンスフロアにギャルが舞う夜

 昨日、帰り道にふと「ハヤシの顔でも拝んだろかいな(ハヤシというのは以前、ブログにも書いた僕の好きなセブンの店員)」と思いつき、足取り軽く、ステップを踏みながらセブンイレブンへ入店すると、それまで一度も見かけたことのなかった、金髪のギャル店員がレジを打っていた。一目見て「あ、ギャルだ」と思った。もしかしたら、口に出てしまっていたかもしれない。それほどまでに、その店員はギャルだった。店内にハヤシの姿はなかった。恐る恐るアイスコーヒーと、チルドの麻婆豆腐をレジに置くと「いらっしゃいませ!お預かりいたしま〜す!」と威勢よい挨拶と共に、バーコードを読み始めた。礼儀の正しいギャルだ。思わず「礼儀の正しいギャルだ」と口に出しそうになった。僕は礼儀の正しいギャルが好きだ。いや、礼儀が正しくなくても好きだ。
 初めてギャルと邂逅したのは、高校一年生の時だった。高校へ進学してから、すぐにバイトを始めた僕は、回転寿司屋で働いていた。以前にもブログで書いたが、僕の地元は東京の外れは外れの田舎なので、バイト先にはチャラ男とギャルしか働いてなかった。黒髪である、というだけで珍しく「マッシュルームカットなんて、この街にはお前しかいない」と先輩に言われたこともあった。僕はそれまで、ほとんど他人と会話していない生活を送り、その上、進学したばかりの高校のクラスには、その時まだ友達が一人もいなかったので、そんな状態で、コミュ力の化け物であるチャラ男やギャルの輪に入るのは緊張した。しかし、彼らはみな優しく、明らかに見てきたものも、触れてきたものもまったく異なるような僕を、すんなりと受け入れてくれた。
 ある日、ふとした会話の中で、僕が人生で一度も彼女ができたことがないという事実が露呈し、驚かれた。僕はその時、高校一年生だったので、年齢的にもなんら珍しいことではなかったはずだが、その回転寿司屋で働いていた人たちは、みな中学校時代にはいろいろな体験を済ませ、恋人がいない時期のほうが珍しい、というのような人たちだった。自分には一ミリも存在していなかったその価値観に、ただただ驚いた。こんな人たちがいるのか、とまるで他の惑星からきた宇宙人を見ているかのような感じがした。
 「今まで一度も恋人できたことないってヤバいよ!?」と強めにかましてきた同い年のSくんに対して「うっさいんじゃボケ!しばくぞ!」と心の中で思いながらも「いやあ〜そうかなあ」とへらへらしていた。僕は二十二歳になった今でも、片思いが実ったことは一度もない。僕が小中学校のとき好きだった女の子は、後で聞くと僕とは180度違うような、ちょっと悪そうで、チャラい男の子が好きだったそうで「結局女の子というのはみんな、ああいう男が好きなのか」と諦めに近い感情を抱えていた。敵対心も少しあった。そのこともあって、もう自分のような人間を好きになってくれる女の子など、この世に一人もいないのではないか、と本気で思っていた。そして、そのことがとても怖かった。ほぼ、いじけに近い気持ちで「もう僕みたいな人間と付き合ってくれる女の子なんて一人もいないんすわ、もういいんです、はい」と口にすると、それをたまたま聞いていた、年上のゴリゴリのギャルの先輩に「アタシは○○、アリだけどなあ〜」と言われた。
 「え!?マジすか?」と驚いて振り向くと「ハハハ、付き合っちゃう?なんて」と言われた。その人には、長いこと付き合っている彼氏がいたので、それは冗談だったのだが「○○みたいな感じが好きな女の子も絶対いると思うよ」と言われ、飛び上がるほど嬉しかった。思えば、初めて他人からちゃんと肯定された、と感じたのは、この時が初めてだった。その人は、ほぼ金に近い茶髪で、派手な私服に、ネイルというあからさまなギャルだったので「絶対、僕みたいな人間のこと見下しているんだろうな」と勝手に思っていた。その自分の小ささに、とても恥ずかしくなった。優しいギャルもいるんだな、と思った。いや、違う。ギャルっていうのは優しいのだ。大人になるにつれ、社会性を求められ、黒髪や落ち着いた茶髪に、メイク、服装を強いられるこの社会において、時には嘲笑の対象ともなりうるような、あのスタイルを自ら望んでやっているというのは、自分の考えをしっかりと持っていて、確固たる”自分”を持っているということだ。そういう人たちは、みな優しいのだ。
 それから、ギャルのことが大好きになった。僕の求めていたものはすべて、ギャルにあった。僕の好きなピースの又吉さんもギャルが好きで「ガングロの鬼ギャル」とファストフード店でデートしているところを相方に見られたことがあるらしい。僕らのような人間は、どうしてもギャルの魅力には抗えないのだろう。こないだ、地元の書店でゴリゴリのギャルが、平積みされた村上春樹の新作を手にとっていて、ときめいてしまった。元からの村上春樹読者なのか、有名な作家だから、気まぐれに手にとったのかはわからない。ただ、あまりにもその光景が美しかったので、本を選ぶふりをして、その人が立ち読みしている姿をしばらく眺めてしまった。
 しかし、ギャルのことを思うのと同時に、自分のような人間はギャルに近づけない、という諦めがあった。サブカルくずれの、文化系気取りで、何考えているのかよくわからないようなやつを、ギャル達が好きになるはずがない。そのことを思うと、とても残念な気持ちになった。今書いているような、こういう文章はきっとギャル達には何も響かないだろうし、僕の作る歌は、ギャル達の共感を呼ぶことができない。僕が歌っていることは、ギャルのような人たちのことなのに。僕の鳴らしたエレクトリック・ギターで、ギャル達を踊らすことはできないのか。僕のギターで、僕の歌で、僕の言葉でギャル達を踊らせたい。そのことを強く思うようになった。
 僕はふと、自分のライブ中、フロアがギャルで埋め尽くされている様子を想像した。右にもギャル。左にもギャル。見渡す限りギャル。ギャル、ギャル、ギャル、一人飛ばしてギャル、ギャル、お母さん、ギャル、ギャル、高校の後輩、ギャル、ギャル、妹、ギャル、ギャル、鬼ギャル。ギャルとギャルに挟まれて体を揺らす、うちの母と妹。見に来なくていいって言ったのに。対バンの人達に「お母さんがライブを見に来るくらい家族仲が良いんだな」と思われたくない。天涯孤独のクールな感じでいたい。そっちの方がバンドマンっぽくてかっこいいから。家出るときに「今日、すごい人数のギャル来るから来なくていいよ」って言ったのに。
 すごい光景だった。天高く盛られた金髪が、荒波のように揺れ、安っぽい、キツめの香水の匂いにあふれたダンスフロア。ここはドンキホーテ新宿歌舞伎町店か?いや、確かにそこはライブハウスだった。4カウントとともに、マサムが重たいビートを刻み始める。それに呼応するように、ギャルたちが思い思いに体を揺らし始める。ギャルによる、各々のステップ。ギャルステップ。それぞれの。個人個人の。十人十色のギャルのステップ。
 気だるそうに、ふらふらと体を揺らすギャル。音楽に聞く耳を持たず、大きな声で他のギャルと話し出すギャル。パラパラのように、単純な2ステップの左右移動を繰り返す、90年代に影響を受けた旧式のギャル。クラブのように飛び跳ねて踊る、パリピライクな現代の新型ギャル。新旧のギャルステップ。新旧ギャル対決。2ステップと四つ打ちの調和、ユーロビートとEDMの邂逅。リズムもキャラもバラバラのように見える、彼女たちの足元は皆、揃ってキティちゃんの柄が入ったピンク色のサンダル。ダンスフロアに華やかな鬼ギャル、僕をそっと包むようなハーモニー。I bet that you look good on the dance floor、ユアダイナマイト。

 最高、最高だ。僕が求めていたものは、ここにあったのだ。コレ、よくない?よくないコレ?よくなくなくなくなくなくなくない?って感じ。フリースタイル具合にマジ泣けてきた。ギャル、ギャル、ギャル。みんなギャルになってしまえばいいのに。教室の隅で、いつも一人で本を読んでいる地味なあの子も、運動神経の良い、スポーツに勤しむあの子も、みんな髪を金に染め、キティちゃんのピンクのサンダルを履き、有名なキャラクターを模したペラい着ぐるみを着ればよい。その着ぐるみがピカチュウか、スティッチだったら、より良い。みんなみんな、ギャルになってしまえ。そう思った。
 ふと、僕の好きな吉岡里帆さんが、ギャルの格好をしているのを想像してみた。髪は綺麗な金髪に染めあげられ、そびえ立つ鉄塔のように盛られている。服はぺらぺらのスティッチの着ぐるみで、足元はキティちゃんのピンクサンダル。あれ?なんか違うな。違う。全然違う。おかしい、おかしい。まったく良さがない。なぜだ、おかしい。ギャルこそが最高なはずなのに。おかしい。金髪を黒髪に戻してみた。こっちの方がいい。スティッチの着ぐるみじゃなくて、白いワンピースの方がいい。ピンクサンダルより、ローカットのスニーカーの方がいい。というより、そもそもギャルよりも、吉岡里帆さんの方がいい。フロアにギャル100人がいるよりも、普通の吉岡里帆さん一人が立っているほうが嬉しい。おかしい。おかしい。どうしてだろう。おかしい。なぜだ。
 2ステップを踏んでいたギャルは、気づいたら菊池亜希子さんになっていた。大声でゲラゲラと笑っていたギャルは生駒里奈さんに、パリピみたいな派手なギャルは波瑠さんに。やめろ、やめろ。ギャルが一人、また一人いなくなっていく。やめろ、やめろ。やめろ。
 はっと、フロアを見渡すと、それまでフロアを埋め尽くしていたギャルの姿は、誰一人としていなくなっていた。がらんとしたライブハウスは、安っぽい香水のきつい匂いを残したまま、遠くの方で母と妹が、ふらふらと体を揺らしていた。

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