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百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

乙女にあこがれて

 乙女にずっとあこがれを抱いてきた。いつからそうなったのかはわからないが、年を重ねるごとにその想いは強くなる一方だ。乙女とはなにか、それは映画で言えばソフィア・コッポラの『ヴァージン・スーサイズ』や、『マリーアントワネット』、それから『ヘイフラワーとキルトシュー』や『ひなぎく』のあの感じ、小説で言えばフランソワーズ・サガンや、日本で言えば江國香織田辺聖子の描く世界のような、少女趣味で、果てしなくガーリーで、ちょっといびつで、甘さの中に少し苦さがあるイメージだ。そして、そんな”乙女”の世界というのは、僕のようなぼーっとした薄汚い男は、指一本触れてはいけないような、絶対性のようなものがあり、あこがれを抱きながらも、自分はそこへ存在することはできないという諦めが入り混じった、変な感情で作品を享受してきた。例えば、こんな動画がある。

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 これはアイスランドの双子による音楽ユニット、Pascal Pinonの2ndアルバムのトレイラーなのだが、この動画には”乙女”がつまっている。シンプルな家具で揃えた、屋根裏の部屋で、大きな犬がいて、机の上にはカシオトーンやカラフルなベル、フィルムカメラに紅茶、おもちゃのキーボードに木でできたピアノ。まるで映画のセットのような部屋だ。そしてそれらが、当たり前のように、ごく自然に配置されているのがいい。例えば同じことを僕が自分の部屋でしても、彼女たちのような”自然”さは出ず、とても不自然になってしまう。アイスランドの空気があって、パスカルピノンの二人の雰囲気もすべて含めて、成立しているのだ。僕は彼女たちを、以前ブログにも書いた高校時代の先生に教えてもらって知った。

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 一番始めにあげたトレイラー映像で制作されていたのが、この曲の収録された『Twosomeness』というアルバムだ。1stアルバムはわずか14歳のときに制作され、驚くことに僕と同じ世代なので、ちょうど僕が貸してもらった高校三年生のときに、この『Twosomeness』は発表された。1stアルバムはリコーダーやアコースティックギターなど、小学校にある楽器で収録された、とでもいうようなイノセントでかわいらしいフォークミュージックだったが、2ndの『Twosomeness』はより洗練され、イノセントでキュートな感じを残しつつも、『Bloom』のビデオに象徴されているように、どこかサイケデリックで、ダークでドリーミーで、アイスランドらしいどこか不思議で、幻想的な雰囲気がある。

 僕の乙女に対するあこがれは、彼女たちによるものが強い。初めてパスカルピノンを聞いたとき、音の選び方も、コード感も、歌声も、センスもすべてが完璧だと思ったのと同時に、自分には絶対に表現できない音楽だと思った。僕がもし女性に生まれていたなら、絶対に彼女たちのような音楽をやりたかったし、仮に女性になったところで乙女さが自分になかったとしても、やはり同じようにあこがれていたんだろうと思う。僕にはそんな、乙女に対する強いあこがれと、諦めが入り交じって響く音楽がたくさんある。

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 これは、クラシック、現代音楽を学び、ソロでプロジェクトを行っている音楽家、Rayonsと、シンガーソングライターであるPredawnのコラボした曲で、ドラマチックでミニマルなうつくしいピアノとストリングスに、Predawnの無垢な歌声が乗った素晴らしい一曲だ。Rayonsとは、フランス語で「光線」を意味するらしく、Predawnは日本の有名な童話作家小川未明の”未明”を英訳したものらしい。もうこのセンスがなにより乙女だ。この『Halfway』という曲はまさに、小川未明の小説「赤い船」で、西洋の遠い異国の地に思いを馳せる少女に、海のはるか向こうから響いてきたピアノとでもいうような、うつくしい旋律で、ミュージックビデオのシュルレアリスティックなアニメと共に、北欧の童話のようなちょっとダークで透明な世界観を演出している。ピアノの音も、申し訳程度に響くギターも、音の少ないストリングスも、すべてが完璧に配置されている、大好きな一曲だ。

 

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 ブエノス・アイレス出身で、ニューヨークを拠点に活動を行っている、女性のソングライター、Jacinta Clusellasによる一曲だ。『Halfway』のような、ピアノとギター、ストリングス主体でありながら、ドラムが入っていたり、構成もドラマチックで、広がりを感じさせる。前にあげた二つのアーティストは、どこか北欧的な世界観があったが、この曲は彼女の出身であるアルゼンチンのルーツが感じられる。ミュージックビデオのアニメも素晴らしく、『Halfway』とはまた違って、どこか神話のような壮大さと幻想的な雰囲気がある。

 言葉ではうまく説明しづらいが、この三曲の持っている独特な”乙女”さ、それは童話に出てくる少女のような、無垢で、うつくしくて、ちょっといびつで、甘いけどどこか苦いものだ。僕は彼女たちのような表現ができないという諦めを持ちながら、どうしても近づきたくて、カフェオレボウルで紅茶を飲んでみたり、いちごの乗ったクッキーを食べたり、おもちゃのキーボードを集めたりしているが、やはり”乙女”になることはできない。そんな複雑な思いを抱えながら、僕はこれからも”乙女”にあこがれ続けるしかないのだ。

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