百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

『モノクロトウキョー』と『弦楽四重奏第9番ホ長調「東京」』

 サカナクションは、”東京”を描いてきたバンドだ。一聴してわかるものでも『仮面の街』『ユリイカ』『モノクロトウキョー』など様々な”東京”の歌があり、北海道出身者である山口一郎の目線で、それは語られている。中でも『モノクロトウキョー』はタイトルにも歌詞にも「東京」の文字があり、あからさまに「東京」について歌われている。

チチッと舌を鳴らして呼んだ野良猫

走り去りすぐ影の中に消えたんだ

午前5時の都会は妙にゴミ臭い

空が少し湿って曇り始めました

 最初の節で語られているのは、括弧付きの「東京」というよりは、「チチッと舌を鳴らして」という音や、「ゴミ臭い」という嗅覚、「空が少し湿って」というような、皮膚感覚で描かれた東京が登場する。イメージよりもより生活に密着した東京であり、鳥瞰で見る、というよりは足で歩いて感じた東京である。この「トウキョー」は、次のように展開していく。

東京

モノトー

憧れ

フルカラー

 先に語られていた東京は、「野良猫」「影」「午前5時」「ゴミ」「曇り」というワードから伝わるように、「モノトーン」の世界だ。「憧れ」ていた東京、イメージの世界の東京はフルカラーだったが、実際に足で歩いて皮膚感覚で感じたのは、「モノトーン」の「トウキョー」だったのだ。この曲は、「モノトーン」と「フルカラー」という色彩感覚で、山口一郎の「東京」に対する混沌とする思いを描いている。山口一郎は、『モノクロトウキョー』で語られた「東京」そして、この曲が収録された「DocumentaLy」というアルバムで語られた「東京」について、このように語っている。

「シンシロ」というアルバムは東京に出てきたばかりの自分たちを描いて、「kikUUiki」では東京で見つけた自分たちのスタンダードを描いたんですよね。で、このアルバムでは東京で今まで一体何を見てきたのか、今何を見ているのかを歌わなきゃいけないなと思って。東京で生活している中で疑問に思うこととかをすごく意識しましたね。東京という街に馴染んできたことに対する苛立ちというか

 それまで語られてきた「東京」よりも、『モノクロトウキョー』はよりパーソナルな目線をもって描かれていることが、ここからわかる。この曲を聴いたとき、先日述べたように、山口一郎が影響を受けた寺山修司という作家の、『田園に死す』という映画を思い出した。『田園に死す』は一九七四年に公開された映画で、青森の恐山を舞台に、父親のいない「私」とその母を描いたもので、”アングラ”の名にふさわしい、一言で説明しづらい作品だ。この映画は寺山の自伝とも言えるようなものなのだが、いわゆるな自伝映画ではなく、寺山らしい虚実が複雑に絡まった独特なものになっている。例えば、前半で語られている少年時代が極彩色と言えるようなカラーで映されているのに対し、”現在”の私はセピア色で映されている。我々が共通して持っているセピア=過去、カラー=現在というイメージを覆し、時間軸を曖昧にしている。この映画は最後、二十年前の母と”現在”の私が故郷の家でちゃぶ台を挟んで食事をしているシーンから、「生年月日、昭和四十九年十二月十日、本籍地、東京都新宿区新宿字恐山」というナレーションと共に一気に四方の家の壁が倒れ、実はそこが新宿で撮られていた、ということがわかるという、すごい展開で終わる。時間軸も虚実も、色彩も、いろんな感覚をすべて揺さぶられるような、すごい映画だ。

 『モノクロトウキョー』でも、『田園に死す』ほどあからさまではないものの、「東京」という街に対する混沌とした思いが、パッパッと切り替わる映画のシーンのように展開され、「モノトーン」と「フルカラー」という色彩によってそれを色付けている。

 同じように、寺山的な感覚で「東京」を描いた歌がある。それが、毛皮のマリーズというバンドの『弦楽四重奏第9番ホ長調「東京」』という曲である。毛皮のマリーズというバンド名自体、寺山修司の戯曲からとっていて、寺山の影響を窺うことができる。この曲の歌詞も、「ねむれ 母のない子のように」と、寺山修司が作詞を手がけた、カルメン・マキの『時には母のない子のように』という曲からの引用があったり、寺山を意識したものであることがわかる。この曲は「星のカーテンコールにしばしの別れ」「銀色の夢に沈む夜」「ヒーロー」など、”舞台”をイメージした言葉が多く登場し、「東京」というものを”舞台”化したかのような、そんな「東京」が歌われている。

 寺山修司は、一九七五年に、東京の阿佐ヶ谷で、三十時間にもわたる”市街劇”を行ったことがあった。それは『ノック』と言われるもので、杉並区一帯を劇場に見立てて、同時多発的に演劇を行うというものだった。今でいうフラッシュモブに近いのかもしれないが、「あなたの平穏無事とは一体何なのか?」と知らない住宅のドアを強く”ノック”し問いかける、という迷惑じみた行為に、警察や住民を騒がせた衝撃的なものだった。この『ノック』は寺山の「単に”市街”を私たしの演劇のための舞台とする、ということではなく、市街の日常の現実原則を、丸ごと演劇として抱えこむ、ということであった」という考えが根底にあり、市街を”舞台”にする、というフラッシュモブ的な考えよりは、何も知らない住民も巻き込み、劇場と市街の境目を失くしていくようなもので、日常の現実も演劇も、同じく”虚構”であるというような寺山の考えが強く反映されたものだった。

 毛皮のマリーズのボーカルである志摩は『弦楽四重奏~』について、次のように語っている。

たくさんあるじゃないですか、東京を歌った歌は。でも、いわゆる上京物語的なものにはしたくなくて。”中央線、4畳半”みたいなものではなく――僕、中学くらいのときに渋谷系って言われてる音楽が好きだったんですよね。あの頃に感じていたのはカタカナの”トーキョー”なんですよ、漢字の”東京”ではなく。岡崎京子さんのマンガに出てくるような、あの感じ。

 志摩が『弦楽四重奏~』で歌った”東京”とは、『モノクロトウキョー』とは違い、よりイメージの世界に近い東京を描いている。しかしそれは、寺山修司のように、東京を”舞台”として見立て、虚構を描くことで現実を浮かび上がらせようとしたもので、どちらの曲も目線は違うものの、紛れもない”東京”が現れている。『弦楽四重奏第9番ホ長調「東京」』は、最後”東京”を定義付けて終わる。

愛しきかたちないもの 僕らはそれを

――”東京”と、呼ぼう