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百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

山口一郎と寺山修司

 昔、熱心に聞いていたバンドも、時が経つにつれて、あまり聞かなくなることが多い。熱が冷めた、とか嫌いになった、というわけではなく、真空の容器にそっとしまったまま、棚の奥で眠っている、とでもいうように、音楽を聞こうと思って聞く、というよりたまに取り出しては、当時の自分が持っていた熱を、改めて思い出すような作業になってくる。小学生、中学生、高校生、大学生、十代、二十代と、それらは聞いていた当時の記憶や風景、心情などと一緒に棚にしまわれてゆき、その容器は段々と増えてゆく。その棚のようなものを思ったとき、一つ、まだ熱を保ったまま、聞き続けているバンドがいた。それが、サカナクションというバンドだ。

 サカナクションは、昨日、二○一七年五月九日をもって、メジャーデビュー十周年を迎え、今や日本のバンドシーンを代表する位置まで上り詰めたバンドだ。僕は中学生のときに三枚目の『シンシロ』というアルバムで、このバンドを知った。中学時代、熱心に聞いていた日本の様々なバンドは、二十二歳になった今、ほとんど聞かなくなってしまった。しかし、サカナクションだけはいまだに新しいアルバムが出たら聞いているし、活動もチェックしている。サカナクションはそんな、僕にとって稀有なバンドだ。

 サカナクションのボーカル、山口一郎は”表現”に対して意識的な作家だ。音楽だけでなく、アートワークやビジュアルイメージ、ファッションに至るまで、徹底したこだわりを持ち、様々な”仕掛け”を作ってきた。その始まりとも言えるのが、斬新なミュージックビデオと共に発表された、『アルクアラウンド』という曲だ。この曲で、サカナクションは多大な評価を受け、ミュージックビデオ自体も文化庁メディア芸術祭で、エンターテイメント部門優秀賞、スペースシャワーミュージックビデオアワードでベストディレクター賞など、様々な賞を受賞している。サカナクションにとって大きな意味を持った一曲だが、山口一郎はインタビューで次のように振り返っている。

「ファンから寄せられた反応のほとんどが「山口さんって天才」だとか、映像作品への評価すべてがミュージシャンに集中していて驚いたんです。つくったのはぼくじゃないし、チームとしてのプロダクトだと伝えたかった。」

「ぼくは過去にイヴェントスタッフのバイトをしていたので、もともと裏方気質で。評価されるのはみんなであるべきだし、今後、映像監督やファッション、ヘアメイクを通して音楽を知るっていうルートがあってもいいんじゃないかと思ったんです」

 この発言を形にしたのが、同じくミュージシャンであるAOKI takamasaと共に開催されたクラブイベント「NF」であり、山口の呼びかけでライゾマティクス代表でメディアアーティストの真鍋大度や、ファッションデザイナーの森永邦彦、スタイリストの三田真一など、様々なジャンルで活躍するクリエイターが集まってできた、新たな表現の一つのシーンだ。それは山口の「新しいカルチャーに出会える場所」を作りたい、という意識が根底にあるもので、「ぼくらの時代から音楽システムが変わっていったと思われたい」としている。この山口一郎の”表現”に対して意識的に様々な”仕掛け”を作っていくというスタンスは、かつての寺山修司の姿に重ねることができると思う。

 寺山修司は、一九六十年代から八十年代に演劇や映画、写真、短歌、競馬など様々な表現の世界で活躍した、前衛芸術を代表する人物だ。寺山は一九六七年に実験演劇のインディペンデント劇団、「天井桟敷」を旗揚げし、この「天井桟敷」をきっかけとして、寺山の名は知られてゆく。その演劇は実験性に富んでおり、グロテスク、エロティシズム、サイケデリックとも言えるような、前衛的で、挑戦的な表現を行っていた。寺山修司もまた、山口一郎と同じように、様々なクリエイターと共に活動を行った作家だった。美術家、グラフィックデザイナーの横尾忠則や、宇野亜喜良、漫画家の林静一花輪和一、作曲家のJ・A・シーザーカルメン・マキなど、それは多岐に渡り、今では当たり前のようになっている、サブカルチャーの大きな流れを作り上げていった。

 山口一郎の「NF」とは、彼が多大な影響を受けた寺山修司の「天井桟敷」のようなことを、現代に仕掛けようとした、大きな試みなのではないか、と思う。以前までは、”テラヤマ的”とも言われるような、寺山修司に影響を受けた表現が多く見られたらしいが、今音楽やバンドのシーンにおいて、その影響を見られるのは少なくなっている。サカナクション、特に山口一郎のやっていることだけでなく、書く歌詞においても、その”テラヤマ的”なところを見ることができる。

僕は贅沢を田に変えて 汗かく農夫になりたい 嘘です が嘘です

風に負けて倒れた木々の枝で家を建てるべきだ 嘘です それも嘘です

何度でも何度でも 嘘つくよ 人らしく

疲れても それしかもうないんだ

 これは『シンシロ』に収録されている「enough」という曲で、僕の大好きな一曲だ。最初の二行はそもそも文体が歌詞というよりも、日本の現代詩のような雰囲気を漂わせていて、耳で聞いていても独特な響きがある。この、最初の二行で「贅沢を田に変えて汗かく農夫になりたい」「風に負けて倒れた木々の枝で家を建てるべきだ」という暗喩ととれる表現が登場し、それらが”嘘”である、ということが”嘘”であると語られる。そしてその”嘘”をつくという行為は、「人らしく」あるためのものであるとする。

 寺山修司は、”嘘つき”と広く言われていた人物で、彼の人生から表現まで、嘘や虚構というものが大きなモチーフにあった。例えば自分の出生を「汽車のなかで生まれた」と語ったり、「僕は映画館のスクリーンの裏で暮らしていた」と語ったり、少し信じてしまいそうなものから、一瞬で嘘とわかるがどこか素敵なものまで、様々な”嘘”をついていた。寺山修司はこんな言葉を残している。

ホントよりも、ウソの方が人間的真実である、というのが私の人生論である。なぜならホントは人間なしでも存在するが、ウソは人間なしでは、決して存在しないからである。

 ”嘘”というのは、人間が作り出したものだ。というよりも、そもそも”言葉”というもの自体が”嘘”だ。かつて言語哲学者のソシュールが言ったように、シニフィアン(意味しているもの)とシニフィエ(意味されているもの)のつながりというのは恣意的なものであり、この関係性の間に必然性は存在せず、虚構性の上に成り立っている。僕らは、”本当”の方に人間的真実がある、と勘違いしやすいが、”嘘”をついてしまうということの方が、実は真実なんじゃないか、というのが寺山の考え方である。そして、サカナクションの「enough」はこのように続く。

それは蜃気楼 僕は夜の船 浮かび消える蜃気楼 聞こえてる悲鳴

心はがんじがらめ 本音は嘘の中 ゆらゆらゆらゆらゆらゆら 漂うだけ

 「本音は嘘の中」という言葉は、日本のメジャーバンドが歌っているとは思えないくらい、独特な響きがあり、先に挙げた発言のような、寺山からの影響を色濃く感じる。「蜃気楼」という”虚構”の中を、僕という「夜の船」がゆらゆらと揺れている。これもまた、一番最初の二行と同じように、暗喩の表現が使われているのだが、曲の終盤に入って、その様相を変えてゆく。

僕は贅沢です だからさ 少しでも余裕がある時には笑ってさ 笑ってさ

たまに正直な君の事を想ってさ 話すようにするよ

直喩のまま 直喩のまま

 それまで”暗喩”が続いていたが、最後になって、”僕”は「正直な君の事を」想って、「直喩」のまま話そうとする。最後、曲はこの二行で終わってゆく。

何度でも何度でも話すんだ 僕らしく

嘘でもいい 嘘でもいい話を

 「正直な君」と「嘘つきな僕」という対比、そしてその中で、「僕」が「僕」らしくあろうとするためには、「僕」は嘘をつかなければならなかった。そしてその行為は、「僕」というものの”本当”を色濃く浮かび上がらせるものでもあった。寺山修司が嘘や虚構というモチーフを用いて表現を行ったのも、その虚構によって、現実、また別の現実を浮かび上がらそうとしたためだ。山口一郎は『シンシロ』と『アルクアラウンド』を発表した時期にインタビューで、「歌詞に文学を感じるクラブロックが出来たらいいなと思って」いたと発言しており、それこそが「寺山修司などのサイケデリックな感じの日本に通じていくんじゃないか」としていた。山口一郎は、インタビューで寺山修司について、次のように語っている。

彼が天才だと思うのは、短い言葉の中で、もの凄い人生を語れるというか。仮想の人生を語ってしまえるというか。歌もそうあるべきかなと僕は思う。

 サカナクションの歌詞は、山口が深く読んできた日本の現代詩、特に俳句などの表現が強く影響しており、それらは、音楽というものが持つ性質、曲の構成であったり、歌詞の譜割りであったり、俳句や短歌的な制約の中で、少ない文字数で情感を持たせる、という試みだった。ヒットチャートに乗るようなキャッチーな音楽性でありながら、ただ消費されていくだけでない、強度の高い音楽を作るためには、歌詞の”文学性”が必要であったし、そのためには寺山的な手法、また日本の現代詩、短歌、俳句的な手法が必要だった。その言葉通り、サカナクションは日本のバンドの中でも特に高いセールスを記録しながら、同時に表現としても高い強度を持たせることに成功しているのである。

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