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百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

リプトンとプロフィール

 僕が中学生の時、学校で爆発的に流行っていた飲み物があった。それは、リプトンの紙パックの紅茶だ。僕が中学一年生の時だから、二○○七年のことだ。クラスの人気者のあいつも、勉強ができる真面目なあいつも、クラスのマドンナのあの子も、みんなあの四角い紙パックを手に持っていた。あまりにも流行りすぎて、「リプトンの紙パックを持ってない奴はダサい」みたいな、よくわからない雰囲気が蔓延していた。僕の通っていた中学校以外でも、そうだったのかはわからないが”リプトンの紙パック”というアイテムは、それほどまでに強い力を持っていた。そして、僕もその力にあこがれた中の一人だった。

 リプトンの紙パックシリーズの紅茶には様々な味があり、当時圧倒的な人気を誇っていたのが、ピーチティーで、他にもミルクやレモンといったような定番のものから、グレープやグリーンアップルなんていう変わり種もあった。大体の人はピーチティーを手にし、わざわざ水筒に入れて学校へ持ってくるものもいた。今思うと、あの紅茶には十二、三歳の少年少女を虜にするなんらかのヤバい成分が入っていたのかもしれない。そう思わせられるくらい、人気があった。

 みんなが当たり前のように紙パックを手にし、細いストローを差して飲んでいる姿を見て、とてもあこがれた。僕はアホな子供だったので、コーラやサイダーのようなアホっぽいジュースが好きで、”紅茶”という存在だけで随分と大人のように感じられたのだ。そんな、自分の子供っぽさを思いながら、みんなと同じように紙パックを手にしたいが、自分にはまだ早いような気がして、なかなか手にすることができなかった。当時は、あの紙パックが一つの暗号のように機能していて、”紙パックを手にしている者”と”そうでない者”という二分化が明確にあった。”紙パックを手にしている者”は、あたかも「母乳の代わりにこれ、飲んでました」とでも言うかのような、自然さがあった。自分にはその自然さがなかった。”そうでない者”があの紙パックを手にするのは、勇者以外の者がエクスカリバーを抜こうとするような、そんな難しさがあった。

 そんなあこがれを胸に抱いたまま、ある日コンビニへ行くと、あの印象的な四角形のフォルムが目に飛び込んだ。「あれがリプトンのピーチティーか」と思った。僕は周りを即座に見渡し、同級生がいないのを確認すると、素早くそれを手に取り、カゴへ入れた。そのままレジで会計を済ませ、逃げるように家へ帰った。母親や妹に見られるのも恥ずかしかったので、こっそり自室へ持ち込み、ゆっくりパックを開けると、桃の新鮮な香りがした。初めて飲むリプトン、ピーチティーは紅茶のほんのりとした渋みに、桃のやわらかい甘さがあって、青春みたいな味がした。確かにみんなが持ち歩きたくなるのもわかるな、と思った。

 僕にはこういう、学生時代にできなかったあこがれがたくさんある。例えば、小学校時代、女子の間で流行っていたプロフィール帳だ。これもリプトンの紅茶と同じくらい、学校中で流行っていた。プロフィール帳とは、その名の通りいろんな人のプロフィールを集めた手帳のようなものなのだが、文庫本より一回り大きいくらいの紙に、あだ名や趣味、好きなものや誕生日などを書き込めるようになっていて、その紙を友達同士で交換し合うのがブームになっていた。このプロフィール帳は女の子向けに作られたもので、学年が変わってクラス替えした時なんかに、相手のことを知るためによく使われていたものだったが、たまに男子にもこの紙が回ってくることがあった。

 女子が、気になる男の子なんかに、「ねえ、プロフィール書いてよ」なんて言って渡すと、その男の子は「はあ~めんどくせ」なんて言いながらも、どこか嬉しそうに受け取り、きっちり書き込んで渡していた。僕はそのやり取りに、とてもあこがれた。女子からプロフィール帳を渡される、ということは、明らかに、一つのステータスだったのだ。僕は一度もプロフィール帳を渡されたことはなく、目にしたこともなかった。いつも横目でその存在を確認し、「なんかいろいろ項目に書き込んだりするやつなんだな」と曖昧な情報だけ手に入れていた。女子にプロフィールをねだられて「え~またかよ、めんどくさ」とすかしている男子を見て、「僕に渡してくれたらちゃんと書いて渡すのに」と思っていた。

 そのあこがれは次第に強くなり、僕は行き場のない”プロフィール帳欲”を持て余していた。ある日、そんな感情を抱えたままもやもやしていると、妹がリビングでプロフィール帳を何枚も手にし、一つ一つ丁寧に書き込んでいた。その光景に、思わず目をみはった。「あ!プロフィール帳じゃん!」と大きな声で叫んでいた。妹は「はあ~?うるさ」と、”あの”プロフィール帳に対して、なんの関心も持っていなかった。めんどくさい兄貴である僕は、「見せて!見せて!」と妹のプロフィール帳を奪い取り、その項目一つ一つをゆっくり眺めた。そうか、プロフィール帳ってこういうものだったんだな、と初めて知った。妹の持っていたプロフィール帳から一枚もらい、そのテンションのまま、項目を一つずつ埋めていった。やがて、完璧に書き込まれた僕のプロフィールが完成した。

 あだ名は「しら」で、誕生日は三月十四日。ホワイトデーが誕生日で、いろいろと「白」に関係するものが多くて、好きな色は「白」にしている。好きな食べ物はカレーで、バンプオブチキンが好き。その緻密に書き込まれた項目の、一つ一つを眺めている内に、どんどんかなしくなってしまった。僕のことをわかりきっている妹のプロフィール帳に書き込んでもまったく意味がないし、このプロフィールを誰かに渡すわけにもいかなかった。あれだけあこがれていた存在だったのに、手にした瞬間に、その熱を失っていった。行き場を失った僕のプロフィールは、まるで檻の中に入れられた自分を眺めているような感じがした。

 僕はいまだに、コンビニでリプトンのあの紅茶を見かけると、ついつい買ってしまう。十年近く経っても、あの紙パックを自然に手にすることはできない。このブログや、音楽をやっているのも、もしかしたら小学生時代に、プロフィール帳をもらえなかったことによって、承認欲求をこじらせすぎた結果なのかもしれない。だとすれば、良い文章を書き、良い音楽を作ることが、十二歳の僕の、あの行き場のない感情を葬る唯一の手段なのだろう。

 二十二歳の僕なりの、プロフィール帳、いかがですか?

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