百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

Andy ShaufとSくんと僕

 小学生の時に仲の良かった、Sくんという友達がいた。僕が小学生の時は、ちょうどデスノートという漫画が流行っていて、みんな夢中になって読んでいた。Sくんは、そのデスノートに登場する「L」という登場人物が好きすぎて、毎日学校に、長袖の白シャツとジーパンで登校していた。それだけならまだしも、挙動から仕草、発言までLに寄せまくっていて、給食に出たパンをつまむように持って、上からぶら下げるように食べていた。それも椅子に体育座りしながら食べていて、先生に行儀が悪い、と怒られていた。卒業アルバムの集合写真にも、体育座りでニヒルな表情をカメラにちらつかせるSくんの姿が残っている。冗談みたいな話だが、全部実際にあったことだ。

 Sくんはそんな、変わっているやつで、その上に人の悪口を言いまくる嫌なやつだったので、クラスからは浮いていたが、僕とはずっと仲が良かった。よく、Sくんの家へ行って、二人でゲームをして遊んだ。Sくんのお母さんは声がとても若くて、電話をかけたときによく妹さんと間違えた。家に遊びにいくと毎回たくさんのお菓子を出してくれて、優しい人だった。Sくんとは毎日のように遊んでいたが、中学が別々になってからは、会うことは無くなった。

 僕は変な人が好きだ。それは、決してこいつ変なやつだなあ、変わってるなあとおもしろがっているわけではなくて(多少そういうところもあるかもしれないが)、その人の”変”なところこそが、魅力だと思うからだ。

 カナダに、Andy Shaufというシンガーソングライターがいる。僕はこの人を去年、うちのベースの村岡くんに教えてもらって、一目惚れならぬ一耳惚れした。それは70年代のバラードや、エリオット・スミスなんかを思わせる繊細な音楽性で、ストリングスやホーンが入っていながら、ホールサイズの広がりがなく、四畳半の狭さを思わせる音楽だ。

 彼もまた、”変”な人だ。そのヤマタツライクな、おでこを完全に出したロングヘアーに目が行くが、それ以上に変なのが、彼の音楽だ。曲自体は、音楽が好きな人なら、誰が聞いたってどこか惹かれるような、強度を持ったものだが、細部にその異質な感じが現れている。

www.youtube.com

 この曲は、去年出た「The Party」というアルバムの中の一曲で、僕がAndy Shaufにハマるきっかけとなった、大好きな一曲だ。曲調としては、ビートルズライクなピアノバラードで、とても聴きやすいポップソングだが、なぜか、Aメロが終わるたびに、毎回めちゃめちゃ深いリバーブがかかる。それまでの、ミュートした上になんのエフェクトもかかっていないオケからは、明らかに不自然にかかっているのである。どこか要所にリバーブを足す、という手法はこれまでにもたくさんあったが、彼のような使い方をしているのは、聴いたことがない。だが、その不自然な感じが彼の一番の魅力になっている。

 自分も曲を作っていると、こういう突飛なアレンジを思いつく時が何度もある。大体こういうアレンジは、曲中にちゃんとハマっていないといけないし、ましてやバンドでやろうとなると、なかなか難しい話になってくる。今、世の中に出回っているポップミュージックは、大体こういう突飛なことをしようとすると、プロデューサーやアレンジャーにかけた段階ではじかれてしまうし、なかなか表に出てくることがない。今の時代は、あえて”変”な面白さを出そうとして、突飛なアレンジを多用する人も多いが、それが違和感があったり、計算くささをなくしてできている人は、なかなかいない。

 彼の音楽は、ストリングス以外、ほとんど彼が一人で弾いているらしい。それを聴いたとき、なるほど、と思った。僕が一人で宅録をしていて、思いついたような突飛なアレンジが、彼の音楽にはすべて形となって現れているのだ。僕はこういう”変”さが現れている音楽がとても好きだ。人間の”変”さは、社会に出たり、人々にもまれていく内に、段々薄れていく。音楽も同じで、社会や商業主義、聴きやすさや音楽理論的な正しさを求めていくと、どんどんその”変”さは失われてくる。それは決して間違っているわけではないが、その”変”さが”変”なまま、存在してもいいんじゃないか、と僕は思う。そもそも、普遍的だと思っている価値観自体、考えてみればただ多数派だから成立しているだけで、見方を変えれば、変か変じゃないかという話はそもそも、世の中に万延した価値観に合っているかどうか、という話でしかない。社会の求める価値観、倫理観が大きく存在しているのは仕方ないことだし、それはある種、正しいことだが、変なやつや、変なものが、自分のことを”変”であると思いながらも、それを矯正せずに、”変”であればいいのにな、と僕は思う。

 中学へ入ったSくんは、いじめられて不登校になった、と風の噂で聞いた。僕も中学校にはいろいろあって行かなくなった。Sくんのことを変なやつだな、と思ってたけど、僕も”変”なやつだったのだろう。こんな変なやつが変なまま存在してもいいんじゃないか、と思ってしまうのは、僕が誰かにそう、肯定してほしいからなのかもしれない。それでも、僕は変なやつが好きだな、と思ってしまう。

 Sくんはもう、長袖の白シャツを着ることはなくなってしまったのだろうか。とても似合っていたんだけどな。