百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

トーチソング

 高校生の時、休み時間になるとよく美術室へ通っていた。教室にあまり居場所がなかったのと、美術の先生のことがとても好きだったからだ。その先生は、優しくて、親しみやすく、どこか遠い北欧の国から来たような、不思議な雰囲気と空気感をもった人だった。あまりにも好きすぎて、二人で話す時は、いつも緊張した。その先生に会うためだけに、美術のゼミにも入った。僕の描く下手くそな絵を、先生はいつも褒めてくれた。他のクラスの仲の良かった友達と一緒に、放課後は常に三人で美術室にいた。

 僕が今好きなものは、ほとんど先生に教えてもらったものだ。ビクトル・エリセも、The Radio Dept.も、ビョークも、全部先生に教えてもらった。僕が人生で一番好きな映画、バンドを挙げろと言われたら、先の二つを挙げると思う。それくらい、その先生には影響を受けた。同時期に僕は宅録を始めていて、作曲もミックスも、今聞くと顔が真っ赤になりそうなくらい粗雑なものだったが、ただただ楽しくて、何曲も作った。曲ができては、CD-Rに焼いて、自分で適当に作ったジャケットを作って、真っ先に先生に渡していた。今ではバンドを組んで、いろんな人に自分の作ったものを聞いてもらえる環境があるが、高校生の時は、ただただ先生に褒められたくて曲を作っていた。

 高校三年生の冬、先生が個人的にやっている作家活動のグループ展があると聞いて、目白にある小さな本屋に行った。その展覧会では、一つのテーマを元に、様々な作家さんの作品が並んでいて、先生は、イラストをガラスに閉じ込めた、ブローチのような作品を並べていた。先生の学校以外での姿を見ることができたのが、嬉しかったし、その作品の一つ一つがとても素敵で、ずっと見惚れていた。その中の一つに、マッシュルームカットの少年が、少しだけ頭を出して、こちらを覗いている作品があった。その物憂げな目つきと、イラストの世界観に惹かれ、一瞬で気に入ってこれを買おうと手に取ると、先生がいいからいいから、と言ってその作品をプレゼントしてくれた。申し訳なく思いながらも、先生のご厚意に甘えることにした。

 展覧会の帰り、先生が駅まで送ってくれることになり、池袋までの道を二人で歩いた。先生は「○○くんがあの作品選んだの、びっくりした」と言ったので、どうしてですか?と聞くと、「あれは○○くんをイメージして作ったから」と言われた。僕はその時、前髪が重た目のマッシュルームカットみたいな髪型だったので、あの少年は僕のことだったのか、と思った。大好きな先生の表現の世界に、自分が存在できた気がして、それまでの人生の嬉しかったことが、すべて吹き飛ぶくらい嬉しかった。

 家に帰って、ブローチを眺めていると、裏面に「トーチソング・カレイドスコープ」という、作品名が書かれていた。カレイドスコープは、その時僕が作って先生に渡していた曲のタイトルだった。トーチソングってなんだろう、と思って辞書で調べると、「失恋、片思いを歌った曲」と出てきた。その当時、僕は好きだった女の子にフラれたばかりだった。フラれた、というよりも、あまりにも奥手で何もできず、気づいたら相手に彼氏ができていた。そのことは先生には一言も話していなかったのだが、その作品を見て、「ああ、先生は気づいていたんだな」と思った。もしかしたら、別の意図でつけたのかもしれないが、先生には全部見透かされているような気がしていて、そういうところも、先生のことが好きな理由の一つだった。

 先生にもらった作品は、僕の高校生活の景色や記憶や匂いを、すべて閉じ込めたような、とてもうつくしいものだった。その作品はとても大切なものだから、机の引き出しの奥にしまってあるが、今でも時々取り出しては、眺めている。

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