百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

サンタクロースのゆくえ

 気づけば、サンタクロースの存在を信じなくなっていた。齢二十二にもなるんだから、当たり前のことなのかもしれない。いつ頃から信じなくなったのか、どうして信じなくなったのかは覚えていない。だけど、僕は幼いころ、サンタクロースの存在を本気で信じていた。なぜなら、うちの両親がそういう演出に、とても力を入れていたからだ。

 うちの家庭では、クリスマスが近づくと、ほしいものを手紙に書いて、サンタクロース宛に送るのが、恒例になっていた。僕は毎年、トイザらスから届くおもちゃのチラシを延々と眺めながら、ほしいものを丁寧に手紙にしたため、思いを込めながらポストに投函した。そうすると、必ずクリスマスの日に、プレゼントと一緒に、フィンランドからエアーメールで返事が届いた。今でも続いているのかはわからないが、そういうサービスがあるのだろう。その文面はちゃんと英文で書かれていて、その上に消印、切手など、しっかりとしたサンタクロースからの手紙になっていて、幼い頃の僕は、それを読みながら、まだ見ぬ異国の地に思いを馳せていた。

 僕がクリスマスのプレゼントとして頼んでいたのは、ゲームのソフトだったり、流行りのおもちゃだったり、平成初期生まれの子供らしいものばかりだった。そのため、このおもちゃは、どこの誰が、どういう経緯でうちに運んできたんだろう、と思っていた。いわゆるフィンランド的な、木彫りの人形だったり、おもちゃだったりすれば、サンタクロースがフィンランドから運んでくる、というイメージがつきやすいが、僕がほしがっていたのはもっと即物的なものばかりだ。フィンランドにはサンタクロースが持つ、魔法の工場があって、そこで全世界の子供がほしいものを大量に生産しているのかな、と思っていたが、フィンランドの深い森の奥にあるファンタジックな工場のレーンに、「ポケットモンスター」のソフトが流れているのは想像がしにくかった。随分と現実的に物事を考える嫌な子供だったが、クリスマスの持つあのムードによって、それはうやむやにされた。

 とある日に、家族でドライブをしていて、後部座席に座っていた僕は退屈から、トランクの収納部分を何気なく覗いた。すると、そこには「トイザらス」と大きく印字された巨大な袋があり、中を見ると僕がほしがっていたおもちゃが入っていた。僕は「お父さん!車の後ろにクリスマスのおもちゃがある!」と叫んだ。父は、少し間を置いてから、「サンタクロースがうちの車に隠しておいたんだろうなあ」と言った。サンタクロースってそういうもんなのか?と思いながら、サンタの存在を信じ切っていた僕は「ふ~ん......」と言いながら大人しく座りなおした。

 それから少しして、サンタクロースの存在は信じなくなった。小学校中~高学年くらいになると、もう「サンタクロースを信じている奴はダサい」という風潮が万延してくる。親御さんによっては、元から「サンタクロースなどいない」という教えのもと、普通にプレゼントをもらう家庭もあり、段々とその価値観が多数派となる。うちの母はどこで聞いてきたのか、インターネットでサンタクロースが空を飛行している様子を、リアルタイムで中継しているサイトを見つけ、「ほら!サンタさん飛んでるよ!」と見せつけてくる人だったので、珍しいタイプの家庭だったのかもしれない。

 両親の努力の甲斐があり(?)、夢見がちでふわふわした人間になってしまった。思えば、僕が北欧の映画、音楽、アート、文化、ファッションが好きなのも、幼い頃のこのクリスマスの体験が強く根付いていると思う。サンタクロースは”いない”けど”いる”。僕は人のつく嘘が好きだ。本音で話してるとお互いが思っていても、本音というのは存在しない。寺山修司も「ホントよりも、ウソの方が人間的真実である」と言っている。「ホントは人間なしでも存在するが、ウソは人間なしでは、決して存在しないから」だ。

 うちの母親は未だサンタクロースのふりをする。去年のクリスマス、枕元にプレゼントがあったので、朝起きて「プレゼントありがとうね」と言うと、「え?なにが?」と知らないふりをする。その割に、「プレゼント、なかなかセンスあるでしょ」と、プレゼントの話を自ら振ってきて、僕が「いやサンタクロースにもらったのに、なんで母さんが知ってんの」と言うと、ゲラゲラ笑いながら「あ~そうだった!そうだった!ウソウソ」と言い残し、どこかへ消える。もう二十歳越えた大人だぞ、と思いながら、その母親のつく、しんどいウソが僕は好きだ。

vimeo.com