百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

アイドルとジョーク

 最近、ふざけたい、という欲求が強くなった。なぜなら、ふざけてこなかったからだ。高校時代、唯一仲良かった友達が、数秒に一回のペースで雑なボケをかましてくるやつだったので、僕はボケに回ることができず、下手なツッコミをしながら、二人でゲラゲラ笑っていた。それに、僕がうまくボケられないのは、生まれ持った顔つきも起因していると思う。
 僕の顔は、なんの特徴のない、薄め顔だ。その上、目が笑っていない、なにを考えているのかよくわからない、とよく言われる。この顔つきに生まれてしまったこと、そして普段のキャラクターからなのか、真面目に思われることが多く、人前でボケるような人間だとイメージできにくいからか、たまに僕がちょけると「え、なんで......?」みたいな空気になることがよくあった。オードリーの若林さんは、その見た目や性格から、やはり生真面目に見えるらしく、一晩限りのつもりで女の子と関係を持つと、本気だと勘違いしていた女の子と必ず修羅場になるため、風俗に通うようになったらしい。僕はまだそういう関係を持ったことはないが、きっと同じように修羅場になるだろうから、できないな、と思った。
 だからこそ、せめてちょけさせてくれや、と思う。大学一年生の時、僕は乃木坂46生駒里奈さんが大好きだったのだが、さっきの友人に冗談のつもりで「生駒ちゃんのことが好きすぎて、僕が生駒ちゃんのこと好きなのか、生駒ちゃんが僕のこと好きなのかわかんなくなってきたんだよね」というような話をしたら、「おい、大学でなんかあったのか?大丈夫か?」と本気で心配されたことがあった。本当は「まーたお前は変なことばっか言って!まったくひょうきんなやつだなあ、ハハハ」みたいな反応がほしかったのだが、今思うとただ単に、わかりづらい上に面白くない冗談だった。
 ああ、俺はもう人前でふざけることさえできないのか、と思っていたが、ここ数ヶ月でそれができるようになってきた。太ったからだ。高校〜大学一年生くらいまでは明らかに痩せていたが、ご飯を食べてばかりいたら数十キロ太ってしまった。しかし、それによって、目つきが丸くなった、愛嬌が出てきた、と言われるようになった。たまに冗談を言ったりすると、以前とは違う反応が返ってくるようになった。もちろん、僕自身の心境の変化や、様々な要因があるが、太ってキャッチーな見た目になったことによって、冗談が冗談として受け入られやすくなった。別に僕はお笑い芸人でもなんでもなく、バンドマンという、見た目のかっこよさが重視されるようなことをやっていて、これはよくないことなのかもしれない。だけど、今はただふざけられる、という気持ち良さを享受している。バンドメンバーや大学時代の友達に、ひょうきんなポーズや冗談を飛ばすと、ゲラゲラ笑ってくれる(彼らが気遣い屋で優しい人たちだから、というのもあるが)。それまでは、妹だけにしか、ふざけることができなかったから、大きな進歩だ。だけど、ふざけたりちょけたりすることで、得るものがあれば、失うものもある。”ふざける”というのは難しいことなんだな、と思った。
 生駒里奈さんのことは、いまでも好きだ。しかし、Twitterでの言及をほとんどしなくなり、周りへ話すこともなくなった。アイドルを角度つけて話してるやつ、みたいに思われたくなかったのと、自分のような人間が軽々しく語っていいものじゃないと思ったからだ。乃木坂メンバーの写真集は、特に好きでない人のものまで、全部初版で買っているが、まだ一冊も読んでいない。月千円くらい払って数人のメンバーからメールが届くサービスに登録しながら、読んでいないメールがたくさんたまっている。気軽に読んだり見たりすることができないからだ。大学一年生の時は、全メンバーのブログを最初から読み、画像を集めていた。愛情が歪みすぎた結果、なぜかこうなった。だから、今になって思い返してみると、友達に「生駒ちゃんのことが好きすぎて、僕が生駒ちゃんのこと好きなのか、生駒ちゃんが僕のこと好きなのかわかんなくなってきた」と言ったときの僕の目は、冗談には聞こえないくらい、きっとマジのヤバい奴の目つきをしていたんだろう、と思う。ごめんよ、Tくん

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