百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

美男子と煙草と僕

 「これからどんどん生長しても、少年たちよ、容貌には必ず無関心に、煙草を吸わず、お酒もおまつり以外には飲まず、そうして、内気でちょっとおしゃれな娘さんに気永に惚れなさい」

 

 高校生の時、太宰の『美男子と煙草』のこの一節を読んで、この通りに生きようと思った。当時の僕には、太宰の言葉や存在がとても大きかったし、その時、好きだった女の子が「内気でちょっとおしゃれな娘さん」だったのも後押しした。というより、それが一番大きかった。あれから六年くらい経つが、容貌に無関心でいたら十数キロ太ってしまって、お酒はちょくちょく飲んでしまうし、女の子にはフラれているけど、煙草はまだ吸っていない。不器用なりに、この言葉は今も意識しながら生活している。

 

 太宰の小説を初めて買ったのは中学生の時で、なんとなく『人間失格』を手に取るも、パラパラと読むだけで特にハマることはなく、本棚の片隅にしまっていた。当時はほとんど外に出なかったため、前髪が顎を通り越すくらいあり、前髪越しの、ぼやけた目線のまま高校へ進学した。高校生になって、少ししてから、回転寿司屋でバイトを始めた。

 僕の地元は東京とは名ばかりの田舎で、チャラ男とギャルしか働いておらず、社員も堅気の人ではないような見た目をしていた。面接の時、店長の目が人間とは思えないくらい充血しており、「あ、ヤバいところへ来てしまったな」と思った。そう思った瞬間に、店長から「じゃあ合格なんで、来週からよろしくね」と言われた。

 仕事は予想通り大変で、一人の社員さんがレジから三万盗んで逃亡したり、いかつい見た目をした副店長が、店長に怒られて頭を丸め、店の隅で泣いているのを見て、「社会ってこういうもんなのか」と思った。仕事もキツいし、すぐにでもやめてやろうと思っていたが、チャラくて軽い奴ら、と偏見を持って見つめていた同僚がすごく良い人達で、バイトを続けることに決めた。本当に優しいのはギャルなんだなと、心の底から思った。

 高校では人とうまく話すことができず、クラスの人達とも打ち解けることができなかったが、バイト先では周りに迷惑をかけてはいけないと思って、無理して元気に対応していた。そんな、自意識との乖離を抱えながらも、うまくやれていると思っていたら、バイト先の先輩に「お前って俺が話してるとき、たまになんも感じてないみたいに目笑ってないときあるよな、気づいてるよ」と言われた。「いや、なに言ってるんすか!そんなわけないでしょ!」とか言いながら、倒れそうなくらい恥ずかしい気持ちになった。バレた、と思った。その時に『人間失格』の中の、わざと道化を演じる主人公に対して、「ワザ、ワザ」と、そのことを見破る竹一のシーンを思い出した。大庭葉蔵は僕のことだと思った。それから太宰のことが大好きになった。

 

 自分に無理をしていた、とは書いたが、バイトはずっと楽しかった。特に、さっき述べた先輩、Tさんと、その幼なじみのIさんにはとてもお世話になり、バイト終わりにカラオケへ行ったり、ご飯へ連れていってもらったりしていた。Tさんは眉毛の細い、地元の兄ちゃん、みたいな見た目の人で、いかつい見た目とは裏腹に、美少女ゲームが大好きな、変な人だった。Iさんはチャラ男のパブリックイメージを集めてみました、とでもいうようなギラギラした見た目と、軽妙な言葉遣いが特徴的な人だったが、どこか肝の据わった、オーラのある人で、僕のような人間に対しても優しくしてくれる、良い人だった。Iさんは見た目もかっこよく、飄々としていて、嘘のようにモテた。一通りの女の子と付き合ったから、と言って、「今度は芸能人と付き合う」とそのままテレビの制作会社へ入社した。昼の情報番組のADをしていると、バイトを辞めるとき知った。

 ついこないだ、そのバイト先の同窓会があり、数年ぶりに二人と会った。Tさんは別の寿司屋で職人を経てから、自衛隊に入り、今では造園業をしているらしい。また、その人のラインのプロフィール欄にある、ラインミュージックがOf Monsters and Menになっていて、Tさんみたいな人がどうして、と思って聞いてみたら、「最近、アイスランドがキてんだよね、俺の中で」と言っていた。相変わらず変な人だと思った。Iさんに「まだテレビ作ってるんですか」と聞くと、「いや、まあ」と口ごもるので、問いただしてみると、「お前にだけ教えてやるよ」と、あれからスカパーや、地上波の様々なお色気系の番組を中心に、様々な場所で活躍している内に、アダルトビデオの大きな会社にヘッドハンティングされて、今はAVの監督をしているという話を聞いた。周りや、親には「映像制作の仕事」と説明しているらしい。しかも、初めて監督した作品がとあるAVの大会で入賞し、新人賞をもらったらしく、自慢気に見せてきた写真に、大きなトロフィを抱えた彼が映っていた。とてもIさんらしい、と思った。

 楽しく喋っていると、二人に「お前はなんも変わってないなあ」と言われた。その口調には、親しみと、優しさが感じられた。高校のときと同じように「へへ......すんません」とか言いながらも、どこかで高校時代のようにテンションを合わせられず、周波数の合ってないラジオのように、変なノイズを抱えているような感覚があった。そのまま、朝までのカラオケを断って終電で帰った。二人に言われた「お前はなんも変わってないなあ」という言葉を、中央線の中で、いつまでもいつまでも反芻していた。

 

 太宰の『美男子と煙草』は、彼の”うしろめたさ”が強く描かれている作品だ。雑誌社から頼まれ、上野の地下道にたむろしている浮浪者と写真を撮らせてほしい、と頼まれた太宰が、敗戦後の日本社会の中で、戦争を生き残って、復員後に居場所を失くした彼らを、直視することができず、「僕なんにも見て来なかったんです。自分自身の苦しさばかり考えて、ただ真直を見て、地下道を急いで通り抜けただけなんです」と答える。そしてその罪悪感ともとれる感情から、焼き鳥屋の前で煙草を吸っていた四人の少年に、焼き鳥を買い与える。そして、最初に挙げた一節へとつながる。

 この作品は敗戦後の文学として、生き残ってしまったことへの罪悪感、”うしろめたさ”が強く現れているが、それは作品に出てきた戦死者や浮浪者とはまた別に、太宰自身が若い時に起こした心中によって、女性だけが死に、自分だけ生き残ってしまった、ということへの”うしろめたさ”も強く現れていると僕は思う。その”うしろめたさ”を、作品として残した三ヶ月後に、太宰は愛人の山崎富栄と心中する。

 初めてこれを知ったとき、なに死んでんねん、と思った。自分のことをこんなにわかってくれる人間の最後が自殺なんで、あまりに救いがないと思ったし、ドストエフスキーも寺山も、最後の最後まで生きようとしたんだから生きろや、と思った。だけど、初めて『美男子と煙草』を読んで、あの一節の通り生きようと思ってから数年経って、大学を卒業して、二十二になった僕は、「なんにも見て来なかった」し、「自分自身の苦しさばかり考えて、ただ真直を見て、地下道を急いで通り抜けただけ」だったなと、当時の太宰の気持ちが身にしみてわかってしまった。二人に言われたように、「何も変わってない」し、また、「変わってしまった」ことを強く思った。

 僕は太宰のように死のうとは思わないし、あんな生き方にどこか憧れながらも、そうはなれないんだろうなという諦めがある。どこかで”うしろめたさ”を抱えながら、それでも「私は、やっぱり独りで、下等な酒など飲みながら、私のたたかいを、たたかい続けるよりほか無い」のかな、というようなことを、Iさんの作ったアダルトビデオを見ながら思ってみたりもする。