百年日記帖

ukiyo girlというバンドの人の非商業的な日々 目指せ百年

改札と白線

 銀座で働いてます、みたいな女性が駅の改札を通るときに、パスケースをバンッ!って叩きつけている姿を見ると、どきっとする。いや、丸の内で働いていようが、八王子で働いていようが、そもそもOLじゃなくてもどきっとするのだが、人がパスケースを叩きつけている姿を見ると、「あ、パスケース叩きつけた」と頭のなかで思う。
 改札のあのICカードのセンサーは、センサーとカードが数センチ離れていてもちゃんと反応するにも関わらず、それを知ってか知らずか、思い切り叩きつけてちゃんと反応させようとする姿には、どこか子どもっぽい幼さがある。それを、スーツをビシッとキめたキャリアウーマンという、かけ離れたイメージの人がやっているからこそ、その人の奥にある子どもっぽさを見たような気がして、どきっとしてしまうのかもしれない。あるいは、その人が勤めている会社に嫌な上司がいて、一つのストレス発散方として「改札のセンサーにパスケースを思い切り叩きつける」という行為をルーティーンにしているだけかもしれない。理由はどうであれ、それを目撃した側はどきっとするし、その人の本質的ななにかを思わず目にしてしまったような、そんな感覚にさせられる。
 以前、横断歩道を渡っているときに、少し前を歩いていた女性が、白線以外に足をつけないように横断歩道を渡っていて、その姿にどきっとした。別にその光景というのは、誰が見ても何気のない、人が横断歩道を渡っているだけのありふれた映像だったのだが、他の大勢が白線など気にせず堂々と歩いているのに対して、一人だけ白線を注意して歩いていて、その姿が僕には浮いて見えた。
 誰しもが子ども時代、横断歩道を渡るときに、「白線以外踏んだら死ぬ」だとか、「白線以外は海になっていて、踏み外すとサメに襲われる」みたいな、不条理な遊びをやったことがあると思う。その女性は、一人でその遊びをしていたのかもしれないし、無意識に白線だけを注意して渡っていたのかもしれない。これも、理由はどうであれ、白線だけを見つめてぼーっと歩いているという、その無防備な姿にどきっとした。
 パスケースを叩きつける行為も、白線だけを踏んで横断歩道を渡るという行為も、意識的にそれを行うと、どうしてもあざとさのようなものが生まれてしまう。どちらも、ほとんど無意識に近い状態でやっているからこそ、それを目撃した側はどきっとする。女性の、ある種の無垢性のようなものに惹かれる、というわけではなく、社会のなかで、ちゃんと自立した一人の個人として日常を送り、その生活のなかで、ふとした瞬間に出てしまう子どもっぽさのようなものに、惹かれる。それは、捨てようと思っても、捨てきれないような、その人の核のようなところにあるものだと思うからだ。
 そういった、相手が表に出さないような部分を垣間見たときの、相手のことを知れた、理解できたのかもしれないという錯覚が、人を好きになるということなんじゃないかと思う。高校一年生のとき、好きだった先輩がまさに、パスケースを改札に叩きつける人だった。というか、その先輩の姿を見てどきっとしてから、意識するようになってしまったのかもしれない。大人っぽくて、常に少し怒っているような表情の人だったので、パスケースを叩きつけているのを見たときに、「こういうところもあるんだ」と思ってとても衝撃だった。
 ある日、先輩が相変わらずパスケースを改札に叩きつけていていたので、親しみを込めて「パスケース叩きつけるの、子どもみたいですね」と言ったら「は?」と怒り気味に返され、その後しばらく口をきいてもらえなかった。怒ったということは、それを自分でも気づかないまま、無意識にやっていたんだろう。そういうところが好きなんだけどな、と思いながら、足早に先を行く先輩を追いかけた。今思えば、その一言が大きな原因だったのかもしれないが、その先輩にはすぐフラれた。それがあってかどうかはわからないが、いまだに僕は駅でパスケースを叩きつける人がいると、目で少し追ってしまう。

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fly me to the mars

 初めて行く街へ訪れた帰り、乗ったことのない電車に乗って地元まで帰った。休日の夜の電車は、平日とは違ってどこか活気と酒気に満ちていた。席がすべて埋まるくらい混んでいたが、平日ほどの息苦しさはなかった。僕は空いていた席に座り、ぼーっと本を読んでいると、隣に座っていた青年が、そのまた隣に座っていたおじさんに「アノ......コノ電車ハ、○○ニトマリマスカ?」と片言の日本語で尋ねていた。おじさんは「え?」と聞き返し、すぐに理解したようで「ああ、止まるよ」と答えた。青年は「アリガトウゴザイマス」と言った。それから数分もしないとき、おじさんが見ず知らずの外国から来たと思われる青年に話しかけられたことに好奇心をあおられたのか、「旅行かなんかで来たの?旅行、トラベル」と青年に話しかけた。青年は「アアー、ソウデス、リョコウ」と返していた。ニコニコと答える、外国人の青年に気を良くしたのか、おじさんは「どうして日本に来ようと思ったの?」とか「それだけ日本語話せたらどこでもやっていけるよ」と、しきりに話しかけていた。やがておじさんは目的の駅で席を立ち、「それじゃあ、良い旅を!」と言って颯爽と電車を降りていった。少しして隣に座っていた青年もいなくなった。

 横の席が空いたので、なんとなしに席を移し、端の席で改めて本に目を落とした。青年が去ったのと同時に乗客がたくさん乗り込んできて、車内は相変わらず混んでいた。本の世界に集中していたら数十分が経っていて、ふと顔を上げると、あれだけいた乗客がほとんどいなくなり、周りを見渡しても、その車両に乗っているのは僕と隣に座っている女性、あとは遠くの席に男女がちらほら見えるだけになっていた。「あれ、いつの間にこんな空いたんだろう」と思ったのと同時に、隣に座っている女性の存在にどきっとした。

 僕の座っている席の列には、一番端に僕、そして僕の隣に女性しか座っていない。目の前の列には、誰も座っていなかった。こういう状況になった場合、先ほどの僕のように大抵の人は、「空いているのに他人と隣り合って座っている」という状況を気にして、一つ席をズラして間を空けるか、もしくは居心地の良い端の席に行くことが多い。しかし、隣に座っている女性は席を立つことなく、僕の隣にずっと座っていた。そのことを意識した途端、急にドキドキしてきた。

 普段、こういう状況になって、隣の人が席を移したとき、それがなんでもない普通の行動であると思いながらも、心の底で少しだけ「僕の隣に座っているのが嫌だったかな」とか、「汗くさかったかな」と思ってしまう自分がいる。きっと、単純に居心地の良い端の席に行きたいだとか、せっかく空いているのに隣り合って座るのは窮屈だからと、気を使ってなんとなく席を立っているだけなのだが、隣の人が席を移したときに「隣の人が席を移した」と毎回思ってしまうのだ。

 だからこそ、隣に座り続けている女性の存在が、自分の中でどんどん大きくなってきた。もしかしたら、女性は僕のそういう性格を察して(読んでいる本が西加奈子の『舞台』だったのもあり)、僕のためにあえて、隣に居座り続けてくれているのかもしれない。後から考えてみたら、席を移すために立つのがしんどいくらい疲れていたのかもしれないし、もう目的の駅に近づいていて、席を立つのが面倒だっただけかもしれない。なにはともあれ、「乗客のほとんどいない夜の電車で、他人と隣り合って座っている」という状況に、どこか心地よさを感じていたのだった。

 隣に座っている女性は、「他人と隣り合って座っているのを気にして席を移す」みたいな都会的な自意識を持っていない人なんだろう。きっと、やさしい人なんだろうな、この人にとてつもなく良いことが起こればいいな、そんなことをずっと考えていた。もう目を向けている本は、ただ字を追っているだけで、なにも頭に入ってこなかった。とてつもなく良いことでなくてもいい、帰りに寄ったセブンイレブンのスピードくじが当たってビールがもらえただとか、絶対入らないだろうな、という距離から投げたゴミが綺麗にゴミ箱に入っただとか、割り箸がささくれ一つなくまっぷたつに割れただとか、そういうことが連続して起こったらいいな。そんなことをずっと考えていると、顔も見たことのない、ただ隣り合って座っているだけの女性がどんどん気になってきた。

 この電車に乗っているということは、都心から少し離れたところに住んでいるんだろうな、私服だから仕事帰りではないだろうな。いや、私服の仕事なのかもしれない。きっと、田舎から東京に出てきて、満員電車に驚き、端の席が空いただけですぐに席を移す、みたいな都会的な価値観にびっくりしたが、強い意志とやさしさでもって、そんな都会的な感覚に染まらずにいるのだろう。そんな妄想を一人で繰り広げていると、急に右肩をぽんっと叩かれた。

 「あの......この電車って火星まで行きますか?」

 「え、火星ですか?」

 「そうです」

 「火星には行かないんじゃないですか」

 「え、行かないんですか?」

 「多分」

 「じゃあ、どこまで行くんですか」

 「え、わからないです」

 「どうしてですか」

 「僕も初めて乗ったので」

 「そうですか」

 「火星に行きたいんですか?」

 「そうです」

 「どうしてですか」

 「旅に出ようと思って」

 「旅ですか」

 「旅です」

 「旅はいいですよね」

 「一緒に行きますか?」

 「火星にですか?」

 「そうです」

 「なんでですか?」

 「なんとなく」

 「え、行きます」

 その瞬間、ゴトン、という大きな音とともに、電車が止まった。車内にくぐもった声で、アナウンスが流れた。

 「お客様にお知らせいたします。ただ今小さなデブリが衝突したため、車両点検を行います。安全の確認が取れ次第、運転を再開いたします。ご迷惑をおかけしますが、発車までしばらくお待ちください」

 ふと窓の外を見渡すと、赤みがかった褐色の大きな惑星が近づいていた。遠くに二つの月が、小さく光っているのが見えた。

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追憶のクリスティーナ・リッチ

 人生で初めて女の子の部屋に入ったとき、本棚には村上春樹の『海辺のカフカ』やオーケンの小説が並べられてて、その隣には魚喃キリコ浅野いにおの漫画が全部あった。そばに立てかけられた、黒い安物のストラトキャスターにはアートスクールのステッカーがたくさん貼られていて、「ギター弾くんですね」って聞いたら、「もう弾いてないからほしいならあげるよ」と言った。その時、僕は高校一年生で、オーケンの小説も読んだことなければ、魚喃キリコ浅野いにおも知らなかった。ただ、装丁やタイトルから醸し出されるサブカル作品特有の、重たくていびつな圧というか、雰囲気のようなものに、ドキドキした。

 その部屋で、一緒にヴィンセント・ギャロの「バッファロー'66」を見た。その人が大好きな映画だと言うので、頑張って見ていたけど、まったく意味がわからなくて、ずっとクリスティーナ・リッチのおっぱいだけ見てた。クリスティーナ・リッチの着てる、あの変なドレスの印象的なパステル・ブルーの色と、食卓を囲むシーンで変なカメラワークしてたなってくらいしか覚えてなかったので、それから数年経って、一人で見直した時にこんな映画だったんだ、って初めて知った。

 ある日、その人に「これ全部聞いてきて」って言われてCDの束を渡された。ナンバガのベスト版やブッチャーズ、初期のアートスクールやノーベンバーズに混ざって、マイブラのラブレスが入ってた。ナンバガもブッチャーズもよくわかんなかったけど、マイブラだけ印象的に聞こえた。どうやって鳴らしてるのかわからない、変なギターの音だったからだ。よくわからなかったけど、そのよくわからなさが心地よくて、ずっとラブレスを聞いていた。ライドやジザメリ、スローダイブなど、他のシューゲイザーも聞いてみたけど、圧倒的にマイブラが好きだった。マイブラッディヴァレンタインは、その音楽的な良さとは別に、限られた人しか入ることができない部屋に入れてもらえる暗号のような、そんな虚栄的な気持ちよさもある。マイブラを知っている人と知らない人で、世界の見方がまるで変わってしまうような、そんな錯覚を起こさせるような感じが確かにあった。

 今思えば、15歳のいたいけな少年にヴィンセント・ギャロマイブラッディヴァレンタインを教えちゃだめでしょ、という感じだが、当時の僕の語彙力ではそれらへの理解がまったく追いつかなかった。一緒にシュルレアリスムアートの展示を見に森美術館へ行ったこともあったが、相変わらずよくわからなかった。服装もずっとダサかったし、強いサブカルになれなかった僕は、数ヶ月でフラれてしまった。その人にフラれてから、ようやくナンバガヴィンセント・ギャロの良さがわかるようになった。

 高校三年生のとき、マイブラッディヴァレンタインが日本で数年ぶりにライブをするというので、新木場のスタジオコーストに一人で見に行った。その時には、高校の軽音楽部でマイブラの紛いもんみたいな音楽をやっていたし、一年生の頃とは打って変わって、シューゲイザーにどっぷり浸かっていた。マイブラのライブは想像以上に圧倒的で、有名な「You Made Me Realize」の20分近いノイズパートは、あまりの音量に体がビリビリ震えて、薄い膜に包まれているような感覚になり、よく「胎内にいる感じ」がするというのはこういうことかと思った。入り口で耳栓をもらったが、一度もつけずに最後まで見た。

 ライブが終わり、フロアを後にしようとすると、遠くの方に、昔マイブラを教えてもらった、その人のような姿が見えた。もし、その人であったら、会うのはフラれて以来だった。あーあ、と思ったのと、ライブのあまりの爆音にふらふらになっていたのもあって、気まぐれで飲んだことのないビールでも飲んでみようかな、と思ったが、やめてジンジャーエールを頼んだ。海からの冷たい風が吹き抜ける2月の新木場を、ジンジャーエール飲みながら、一人で帰った。

 その時のことを、なんとなくTwitterでつぶやくと、とあるフォロワーさんからリプライが飛んできた。「ビール飲んでみようと思ったけど結局ジンジャーエールにした」という僕のツイートに対して、「それでいいんだよ」と、とある漫画を紹介してくれた。それは今日マチ子の「みかこさん」という作品の、とある一話だった。たった4ページほどの短い話だが、とても心に残った。「そうか、これでいいんだよな」と思った。

 フラれてすぐの時は、落ち込み過ぎて一週間くらい家から出れなかったし、いまだに、ライブを見に行ったりするとその人の顔があって、その度に落ち込んでいたが、今ではもう遠い記憶になった。あの頃を思い出そうと頑張っても、鮮明に残っているのは、もうクリスティーナ・リッチのおっぱいだけである。

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クリーム・ソーダ

 「クリームソーダって、氷とアイスの間についてるシャリシャリが一番おいしいね」

 「わかる、あれだけ食べられたらいいのにね」

 「ソフトクリームじゃなくて、丸くてかたいアイスじゃないとできないんだよね」

 「でも、コメダ珈琲のソフトクリームがのったクリームソーダも好きだなあ」

 「靴型のグラスに入ってて、かわいいよね」

 「私がシンデレラだったら、あの靴のほうがいいな」

 「誰も履けなさそうだよね」

 「でも、やっぱり丸いアイスにさくらんぼが乗ってるのが最高だな」

 「あのさくらんぼ、食べたあとにタネをどこに置こうか、迷うよね」

 「アイスがどろどろに溶けて、ソーダが黄緑色になってから飲むと、おいしいよね」

 「おいしいね」

 「でも、最初から混ざった状態で売ってる、ペットボトルのクリームソーダはあんまりおいしくないよね」

 「そうだね、不思議だね」

 「少しずつ、混ざり合っていくから良いんだね」

 「そういうことだね」

 「不思議だね」

 「そうだね」

 「でも、私はやっぱり混ざる前の、氷についたシャリシャリだけ食べれたら満足だな」

 「どうして」

 「ずっと飲んでいると、甘ったるくなってくるから」

 「僕と一緒にいれば、クリームソーダのシャリシャリのところだけ、全部君にあげるよ」

 「え~いらない」

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スパゲッティ・ストーリー

 幼い頃から、余計なことばかり考えている。前にも書いたが、クリスマスにプレゼントをもらったときに、サンタクロースを信じ切っていた僕は、フィンランドという遠い異国の地から、どういった行程をもって「ポケットモンスター」のソフトが運ばれてきたのか、ずっと考えていた。それというのも、幼少期に読んだ絵本に、こんな描写があったのだ。

 それは、サンタクロースがフィンランドの山奥かどこかの、魔法の工場のようなところで、全世界の子どもたちのほしい物を大量に生産し、それらがベルトコンベアーに乗って次々と流されてゆき、まるで工場からトラックで出荷するように、待機している大勢のトナカイが引くソリに積まれ、全世界の各地へ飛び立つというシーンだった。この絵本の描写に衝撃を受けた、幼き頃の僕は、サンタクロースというのは魔法使いなのだと、本気で信じ込んでしまったのだ。

 それと同時に、妙に現実的に物を見る嫌な子どもだった僕は、フィンランドの山奥の魔法の工場という、ファンタジックなイメージと、「ポケットモンスターのソフト」がうまく結びつかなかった。例えば、かわいいクマのぬいぐるみ、とか木製のおもちゃ、飛行機の模型とかなら、魔法の工場のレーンに流れていても不思議ではないが、「ポケットモンスターのソフト」は明らかにその世界観から浮いている。乃木坂46大仁田厚が混ざっている、とでもいうくらい不自然である。「ポケットモンスターのソフト」はゲームフリーム、及び任天堂が開発、販売しているものだし、クマのぬいぐるみ、飛行機の模型と違って、ちゃんとした規格の中で作られ、プログラミングされ、デバッグを経て、製造されたものなのに、それらをすべて飛び越えて、サンタクロースは自らの魔法で「ポケットモンスターのソフト」を生み出すことができるのか?幼い頭なのでここまで詳細ではなかったが、ぼんやりと疑問符が浮かんでいた。

 要は、僕は昔から合理的に物事を考えることができないのである。常に要らぬものばかり考え、要らぬ方向を向き、要らぬものが溜まっていく。クリスマスのプレゼントも、何も考えずにただ受け取ればいいのに、勝手な空想をはじめることで、妙なもやもやを抱えてしまう。それらを考えることは、僕の中で楽しいことでもあったりするのだが、無駄なことばかり考え、極端な思考になりすぎたために、僕は自意識過剰で、一人で定食屋に入ることもできないような人間になってしまった。

 二十二歳になった今も、その癖は直っていない。例えば、数年前からほっともっとのお弁当を食べる度に「お弁当のおかずの下に敷かれているスパゲッティ」が気になって仕方ない。誰もが一度は目に、口にしたことがあるだろう。主にほっともっと(ほっかほっか亭)のお弁当や、たまにスーパーのお惣菜やお弁当のおかずにも敷かれている、あのスパゲッティである。スパゲッティといっても、ナポリタンやカルボナーラのような、味のついている料理としてのスパゲッティではなく、ただあのパスタをお湯で茹でただけの、なんともない麺である。

 ほっともっとがまだほっかほっか亭だった時代、幼かった僕は、からあげの下から顔を覗かせる、あのスパゲッティの存在が衝撃的だった。小さい頃からスパゲッティが大好きだった僕は、親にねだってよくナポリタンやミートソースのスパゲッティを作ってもらっていた。小さい僕からしたら、スパゲッティはご馳走とでもいえるような、おいしくて、かっこよくて、おしゃれな食べものだった。そんな、大好きなスパゲッティがからあげの下に敷かれているのだ。どういう意図でこのスパゲッティが敷かれているのか、幼い僕の頭では理解できなかった。

 理解できないながらも、からあげを食し、残ったスパゲッティを口にすると、思ったよりもおいしかった。からあげからにじみ出た油と、残った塩こしょうの味がなんとも言えないチープな味わいになっていて、それはそれとしておいしかったのである。何度も食べている内に、段々とあのスパゲッティを食べたくて、カレーでもなく、親子丼でもなく、からあげ弁当を頼んでいる自分がいた。それほどまでに、僕の中であのスパゲッティの存在が大きくなっていたのだ。

 数年前、テレビでほっともっとのお弁当の特集をしていて、あの謎のスパゲッティがなぜ敷かれているのか、その理由が明かされていた。理由はいくつかあって、スパゲッティで底上げしておかずの量を見せるため、おかずを固定させるため、余分な油を吸ってくれるため、熱いおかずで容器が溶かすのを防ぐため、などが挙げられるらしい。確かに、どれも理にかなっていて、素晴らしいアイデアである。だが、その理由を知っても、僕はいまだにあのスパゲッティの存在が気になって仕方ない。

 本国、イタリアでは代表的な食べ物として知られ、全世界で広く知られているスパゲッティ。その歴史は大変古く、紀元前四世紀のエトルリア人の遺跡から、パスタを製造する道具が発見されているらしい。現在と同じようなパスタが普及されたのは、十六世紀にナポリ飢饉に備えるための保存食として使われだしてからで、既に何百年、何千年というレベルでスパゲッティ、パスタが人々に親しまれてきたことがわかる。そんな偉大な食べ物、スパゲッティが東洋の小さな島国、日本ではお弁当のおかずの下敷きとして使われているのである。その衝撃的な事実を思うと、あのスパゲッティの存在が違う見え方をしてくる。

 ほっともっとのキッチンには、あの「謎スパゲッティ」を茹でるための専用の鍋が用意されていて、毎日毎日、開店前に「謎スパゲッティ」を大量に茹で、からあげ弁当やハンバーグ弁当の注文を受けて「謎スパゲッティ茹で置き場」から「謎スパゲッティ」を「謎スパゲッティ専用トング」で取り出し、敷き詰めているのだろう。もしかしたら、一日に大量の「謎スパゲッティ」を消費するため「田中くん、月曜日の夜、謎スパゲッティ仕込み要員でクローズ入れない?」「謎スパっすか、あれ大量に茹でなきゃなんで部活終わりだとしんどいんっすよね......」なんていうやり取りがなされているかもしれない。ほっともっとの主力商品である、からあげ、海苔弁当に乗っている白身魚のフライを揚げるフライヤーや、カレー用の大きな鍋、ステーキを焼くためのフライパンとは別に、ちゃんと「謎スパゲッティ」を茹でるための鍋が存在していると思うと、楽しい気分になってくる。もしかしたら、工場から「謎スパゲッティ」は茹であがった状態で袋詰めされ、そこから取り出して使っているだけなのかもしれない。事実はどうであれ、あの「謎スパゲッティ」がこの世の中に必要なものとして「謎スパゲッティ」が「謎スパゲッティ」としてちゃんと存在しているという事実が、僕の中でとても面白いし、その空想を膨らませていくのが、とても楽しいことなのだ。

 「謎スパゲッティ」のことで頭がいっぱいになった僕は、「謎スパゲッティ」のことをインターネットで調べてみると、こんな記事がでてきた。それは、昔「ほっかほっか亭」でアルバイトをしていた人が「謎スパゲッティ」のあの味を再現しようとするもので、その中で衝撃的な事実が書かれていた。なんと、あのスパゲッティを茹でるのは常に「おじいちゃん店長の仕事」で、茹で時間を計ったりはせず、二十分近く茹でられていたこともあったという。しかも、作り方にマニュアルがなく、ある店では茹でた後に炒められていたり、ある店では茹でた状態のまま提供されていたり、各店舗によって様々な「謎スパゲッティ」が存在しているのだという。日本全国、そして海外店鋪も含め、2655店鋪を持つほっともっとでは、2655種類の「謎スパゲッティ」が存在しているのだ。そのことを思うと、頭がクラクラしてくる。

 「謎スパゲッティ」を茹でるのはいつも「おじいちゃん」の店長だった、という情報が、どこか侘しさと寂寞な思いを感じさせる。そのおじいちゃんは、若いときから「ほっかほっか亭」に勤め、フランチャイザーとの商標権争いの末に「ほっかほっか亭」から「ほっともっと」へ屋号を変える激動の時代も、ずっと「謎スパゲッティ」を茹で続けてきたのだろう。「謎スパゲッティ」を茹でることで稼いだお金で、一人娘は成長し、大学へ進学し、やがて結婚して家を出ていった。自分以上の「謎スパゲッティ」を茹でられる人物はいない。そんな自信から、おじいちゃんと呼ばれるまで歳を重ねた今も「謎スパゲッティ専用鍋」の前に立ち続けているのかもしれない。はたまた「二十分以上茹でられていたこともあった」ということから、老化が進み、時間の感覚もなくなり、体も若いときほど自由に動かなくなってしまい、職場の若いものに煙たがられ「店長がからあげ揚げるといつも黒焦げになるし、ご飯の量もいっつも間違えてるんで、もうずっと謎スパ茹でててもらっていいっすか」と、一番簡単な仕事である「謎スパゲッティ茹で」を無理矢理押し付けられているのかもしれない。「謎スパゲッティ」には日本の高齢化社会、そして定年を迎えてもなお働かなければいけない、という労働問題が深く根付いているのだ。

 あの「謎スパゲッティ」には、僕の想像力を遥かに飛び越えた深い”物語”があった。「謎スパゲッティ」を口にするとき、僕は一人の優しき老人の姿を思うのである。

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麦茶フラペチーノ

 自分で自分というものを規定しすぎて、それに苦しめられることがよくある。 例えば、昨日の夜、僕はクラッカーにクリームチーズをのせて食べていた。クラッカーのサクサクとした食感と、程よい塩味、そしてクリームチーズの豊かな酸味との調和を、僕は楽しんでいたわけだが、食べながら「アタシ、今クラッカーにクリームチーズをのせて食べている」と俯瞰で見ている自分の存在に気づき、思わず手に持っていたクラッカーを落としてしまった。お前はクラッカーにクリームチーズをのせて食べるような人間ではない、という意識が自分の中に確固として存在していたのである。
 この世の中に、クラッカーにクリームチーズをのせて食すことを禁ず、などという法律はない。クラッカーとクリームチーズを楽しむということは、この地球上の人類、70億人に平等に与えられた権利である。だから、僕がいくらクラッカーとクリームチーズを楽しもうと、誰にも文句を言われる筋合いはないのだが、僕はその行為を自然に行うことができない。
 クラッカーにクリームチーズをのせて食べようと思ったとき、僕は「クラッカーにクリームチーズをのせて食べるぞ」と思いながら、クラッカーとクリームチーズ、そしてバターナイフを取り出し「今からクラッカーにクリームチーズを塗るぞ」と思いながら、クリームチーズをバターナイフで優しく切り取り、クラッカーに塗り「僕は今、クラッカーにクリームチーズを塗ったものを食している」と思いながら、クラッカーの塩味とクリームチーズの酸味を楽しむ。行為の一つ一つに、一々「クラッカーにクリームチーズを塗って楽しんでいる自分」というイメージが、つきまとうのである。例えばこれが、白いご飯と魚の煮付けなら「僕は今、白いご飯と魚の煮付けを食べている」なんてことは思わない。呼吸をするのと同じように、歯を磨くのと同じように、生活の一部として、一つの流れとして、それらを行うことができるのだが、クラッカーとクリームチーズに至っては、そうはいかないのである。
 それはエスプレッソのコーヒーを飲むときでも、そば湯を頼むときも同じで「僕は今、エスプレッソのコーヒーを頂いております」「そば湯でつゆを割ることで、日本の伝統的な食文化を嗜んでおります」と思いながら、それらを口にする。要は、自分の生活の範疇のようなものから浮いている行為に対して、僕は俯瞰的に見てしまうのである。そして「豆の違いもよくわからない癖に無理して飲むな」「昨日まではエスプレッソなぞ飲んでイタリア人ぶってたのに、今日は古風な日本人気取りか」と、自分に対して思い込んでしまっているのだ。
 そんな自分の自意識との葛藤を抱えながら、僕は一冊の本と出会った。穂村弘の『本当はちがうんだ日記』というエッセイである。

 私はエスプレッソが好きだ。小さなカップの底に泡立つ液体がちょっとだけ入っている。香ばしい匂いを嗅ぎながら、カップにそっと口をつける。目を閉じて、ゆっくりと一口啜ってみる。苦い。舌が苦い。(中略)それでも私はエスプレッソが好きだ。その理由は、素敵な飲み物だからである。本場イタリアでは、立ちのみのスタイルの地元のおじさんたちが、三口で飲み干して出てゆくという。またパリのカフェではパリジェンヌという娘たちが優雅な仕草でカップを傾けているらしい。(中略)
 それにしても、私のエスプレッソがこんなに苦いのは何故なのだろう。果実の薫りとキャラメルの味わいの飲み物が、地獄の汁に感じられるのは何故か。それは、おそらく、私自身がまだエスプレッソに釣り合うほどの素敵レベルに達していないからだ。私の素敵レベルは低い。容姿が平凡な上に、自意識が強すぎて身のこなしがぎくしゃくとしている。声も変らしい。すぐ近くで喋っているのに、なんだか遠くから聞こえてくるみたい、とよく云われる。無意味な忍法のようだ。

 ここに書かれているのは、そのまま僕のことだった。昔、好きだった先輩と喫茶店に行ったとき、格好つけてエスプレッソのコーヒーを頼んだら、一口ほどしかない小さなカップに申し訳程度に入ったコーヒーが出てきて、驚いたことがあった。コンビニで売っているような、売り文句としてのエスプレッソ・コーヒーに飲みなれていたため、ただ単に「濃い目のコーヒー」だと思っていた僕は、そこで初めて本物のエスプレッソ・コーヒーを目にしたのである。「なぜ、こんなに少ないんだ......」と目を丸くしながら、エスプレッソ・コーヒーを見つめていると、その先輩に「エスプレッソ、飲んだことなかったんでしょ」と言われた。
 顔から火が出るくらい、恥ずかしかった。まさに、その通りだったからだ。急激に上がる体温と、赤くなる顔を必死に隠しながら「いや、飲んだことありますよ......」などと苦し紛れに嘘を叩くと、先輩はにやにやしながら「本物のエスプレッソは量が少ないんだよ」と言った。
 先輩がそっぽを向いているタイミングを見計らって、エスプレッソ・コーヒーを口にすると、あまりの苦さに驚愕した。穂村弘の言うように「地獄の汁」とでもいうような味がした。ふと顔を上げると、先輩がこちらを見ながら、にやにやと笑っていた。
 当時、高校生だった僕はエスプレッソ・コーヒーを嗜んでいいほどの「素敵レベル」がなかった。穂村弘は先述したエッセイの中で「弱気になった私は卓上のミルクと砂糖をちらっとみて、しかし、目を背ける。『エスプレッソ豆知識』によれば、本当のエスプレッソは果実の薫り、そしてキャラメルの味わいなのだという。そんな優雅な飲み物に、ミルクや砂糖が必要だろうか」と続けているが、実はストレートで飲もうとするのは日本人くらいで、本場の人はシュガースプーンに一〜二杯の砂糖を入れ、それを一口で飲み干し、底に溜まった砂糖をスプーンですくって食べるらしい。それを知った僕は、これ見よがしにエスプレッソ・コーヒーを頼み、シュガースプーンにすくった砂糖をさらさらと流し込み、それを一口で飲み干し、底に溜まった砂糖をスプーンですくい、口に運ぶのである。対面に座っていた女の子が言う。
 「ええ、砂糖食べるの体に悪いよ」
 僕はふと彼女の顔を見上げながら言うのだった。
 「本場ではこうやって飲むんだよ」
 これがパリッとしたオリーブ色のスーツが似合う、長身のイケメンだったらいいのだが「スーツに着られている」と言われる、ぼーっとした顔つきと体型の、素敵レベル2の僕が言ったところで、それは無理をしているだけだ。僕はきっとこの先、何年かかっても、エスプレッソ・コーヒーを自分の生活の一部として溶け込ませることはできないのだろうし、僕は高校生のときと変わらず、素敵レベルは低いままなのである。


 では、そんな素敵レベル2の僕が飲んでいい飲み物とはなにか、それは伊藤園の「健康ミネラル麦茶」である。エスプレッソなどという、遠い異国の飲み物はどうやったって、日本の田舎で暮らす一般人の生活の中では浮いてしまうし、ミネラルウォーターを飲んでいても「お前ごときは公園の蛇口で水飲んどけや」となってしまう。それがペリエだったりなどしたら問題外である(余談だが、僕は昔「ミネラルウォーターを一本常に持ち歩いているのがかっこいい」と思っていて、毎日ミネラルウォーターを鞄に忍ばせていた)。そんな僕が、コンビニへ入って買っていい飲み物は「健康ミネラル麦茶」のみなのである。
 麦茶という存在がそもそも中流家庭の、一般的な日本人の生活にとても馴染んでいる。その上に、あのパッケージに印刷された笑福亭鶴瓶の顔がなんとも良い。僕のような人間を安心させるために、あの鶴瓶の顔はデザインされているのだろう。しかし、そんな素敵レベルの低い(=生活に馴染んでいる)ものが、急にそのレベルを上げることが稀にある。
 例えば、柿ピー。日本人なら誰もが一度は口にしたことのある、少し辛味のある醤油味の煎餅と、小気味良い塩味の効いたピーナッツが、ちょうど良い配分で混ざったあのお菓子である。素敵レベル2の僕でも、何も考えずに安心して口にすることのできるお菓子だが、とある日から、それはガラリと変わってしまった。日本における、素敵レベル唯一のカンストと言われている大作家、村上春樹が素敵雑誌「anan」で連載していた『村上ラヂオ』というエッセイで、柿ピーについて、こう語ったのである。

 世の中に永久運動は存在しない、というのは物理学の一般常識だけれど、半永久運動というか、「永久運動みたいなもの」は、けっこうある。たとえば柿ピーを食べること。
 柿ピーのことは知ってますよね?ぴりっと辛い柿の種と、ふっくら甘い香りのあるピーナッツが混じっていて、それをうまく配分し、組み合わせながら食べていく。誰が考えたのか知らないけど、よく思いついたよね。ちょっと普通では考えつかないとりあわせだ。考えついた人にノーベル平和賞をあげたいとまでは言えないけど( たとえ言っても相手にしてくれないだろうけど)、卓越したアイデアだと思う。
 柿の種が漫才でいう「つっこみ」なら、ピーナッツは「ぼけ」にあたるわけだけど、ピーナッツにはピーナッツの洞察があり、人柄があり、ただの頷き役では終わっていないというところがよい。柿の種のつっこみをさらっと受けて、鋭く切り返すこともある。柿の種はそのへんを承知の上で、自分の役割を意識的にいくぶん過剰に演じている。まことに絶妙のコンビというべきか、あうんの呼吸がとれている。
 だから、と言いわけするのではないけれど、ビールを飲みながら柿ピーを食べていると、きりがないですね。気がつくと一袋空になっていたりする。それにあわせて(喉が乾くから)ビールもついつい飲んでしまう。困ったものだ。こうなると、ダイエットも何もあったものではない。(中略)
 でも、柿ピーを食べるときには、僕は自分の内なる欲望をできる限り抑え、柿の種とピーナッツをなるべく公平に扱うように努めている。自分の中に半ば強制的に「柿ピー配分システム」を確立し、そのとくべつな制度(regime)の中に、偏屈でささやかな個人的喜びを見いだしているのである。世の中には甘いものと辛いものがあって、両者は互いに協力しあって生きているのだという世界観を、あらためて確認する。

 巧みなレトリックと、ウィットに富んだ、余裕のある文体で「柿ピー」が語られていく。村上春樹の文体を通すと、柿ピーがあたかも、高級なバーでしか口にすることのできない、外国の洒落たお菓子のように見えてくる。僕はこれを読んでから、自分の中の柿ピーのイメージが一気に変わってしまった。なんの変哲もないただの柿ピーに「あの村上春樹も好きな」という枕詞がついてしまったのだ。そのことによって、柿ピーは、ブラッディ・メアリーや、ダンキン・ドーナッツ、ステーキサンドイッチ、ウィーンのビーフカツレツと同列のものとして、存在してしまったのである。
 素敵レベルの高い人間が、好む、興味を示すだけで、それまで僕の手元にあったはずの柿ピーや健康ミネラル麦茶などが、離れてゆくということが往々にしてある。お洒落で私生活も派手そうな俳優が「実は家で一人で飲むのが好き」と語ったら、かっこよく見えてしまうからだ。志田未来が友達と鳥貴族に行っているとフライデーされてしまっただけで、どうしてもそこに対して、好感度を持たざるを得ないのだ。
 いつか、村上春樹は自身のエッセイの中で「健康ミネラル麦茶」のことを語るのだろう。「昔、ジョン・アーヴィングと一緒にセントラル・パークをランニングしていたとき、よく水筒に『健康ミネラル麦茶』を入れて持っていった」とか「あのパッケージにデザインされた鶴瓶の顔は、なんだか人を励ますような善意に満ち溢れている」とか、挙げ句の果てには「家で『健康ミネラル麦茶』を飲むときはいつも、コリンズグラスに氷を入れ、ウォッカと一緒に割って、最後にレモンを少し絞る」などという特殊な飲み方をしているかもしれない。
 村上春樹が「健康ミネラル麦茶」を語ったことによって、日本に「健康ミネラル麦茶」再評価の流れが来る。素敵コーヒーショップ、スターバックス伊藤園とコラボし「健康ミネラル麦茶・フラペチーノ」を発売する。女子高校生、大学生がこぞって飲み、インスタグラムにアップする。アメリカでは「Healthy Mugi Tea」の名でヒットし、シリコンバレーで働く一流企業の社員が、こぞってデスクにあのペットボトルを置く。最先端企業のデスクに並ぶ鶴瓶の顔。そして、インスタグラマーが白い壁をバックにあのペットボトルを持った写真を撮り、無数の鶴瓶の顔がタイムラインに流れてくる。どこを見ても、鶴瓶鶴瓶鶴瓶、笑瓶、鶴瓶
 「俺の健康ミネラル麦茶が......俺の鶴瓶が......俺の......俺の鶴瓶を返せ!返せ!」僕は渋谷のど真ん中で叫ぶ。その光景を目にし「健康ミネラル麦茶フラペチーノ」を飲みながら「なにあの人......ヤバ」とつぶやく女子大生。ギャル達。ふと、見上げると巨大なスクリーンに、パリコレのモデルを起用した「健康ミネラル麦茶」のCMが流れていた。もう、健康ミネラル麦茶は僕の知っている”健康ミネラル麦茶”ではなくなっていたのだ。
 「健康ミネラル麦茶」のペットボトルが、僕の手からするするとすべり落ちてゆく。そのパッケージでは、鶴瓶が不敵な笑みをこちらに覗かせていた。

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エピソード

 自分とは違う価値観、文化、生活の中にいるような人たちと話すと、その”違い”に驚かされることが多々ある。特に、僕のような狭い価値観、世界で生きているような人間からすると、その驚きはより強い。

 大学生の時、とある飲み会で、まともに話したことのなかった同じ学科のギャルと、対面にテーブルを挟んだことがあった。初対面な上に、ギャルであることに怯えていると、隣にいた友達が、そのギャルに「そういえば、こないだのアレ、大丈夫だったの?」と問いかけた。話を聞くと、そのギャルは少し前に「地元の仲間と飲んでて、酔ってその場にいた男の子全員にキスしたら、後でボス猿的な存在のギャルにしばかれた」らしい。ギャルらしい豪快なエピソードである。たった数行のそのエピソード一つで、ギャルのノリと、その縦社会の厳しさ、ボス猿的なそのギャルの表情まで見えてきそうな良い話だ。その子は、ギャルはギャルでも、世間のパブリックイメージとはちょっと違う、おとなしめのギャルだったので、そのギャップに驚いたし、なにより面白かった。

 その話を聞いて、高校時代に働いていた回転寿司屋の先輩のことを思い出した。その先輩は、以前にもブログで書いた、今ではアダルトビデオの企画、監督などをやっている先輩で、チャラ男のような見た目と、軽妙な口上が特徴的な、誰にでも分け隔てなく優しい、面白い人だった。その人は、一緒に働いている時から車が大好きで、よくバイト終わりに「ちょっとこれから峠、攻めてくるわ」と言っていた。ある日、その先輩が片腕に包帯を巻いて出勤してきたので、驚いて「どうしたんですか?」と聞くと「いや、車で山走ってたら谷に落ちちゃってさ、マジでビビったわ、ハハハ」と言いながら、ボロボロになった車の写真を見せてきた。あまりにも豪快な話である。そして、そんなむちゃくちゃな出来事を「ハハハ」と笑い飛ばせる先輩が、とてもかっこよく見えた。

 彼らのようなエピソードが一つはほしい、と思う。別段、彼らのような派手なエピソードでなくても良い。例えば、ピース又吉さんはとある夏の日に、原宿の神社で青い実が一つ、木から落ちるのを目撃し、ふと視線を落とすと、行き交う人々の中で、自分と同じように落ちた青い実を見つめている、一人の女性がいて「あの人なら僕のことを解ってくれるんじゃないか」と話しかけたことで、その人とお付き合いすることになったらしい。

「明日遊べる?」変なことを言ってしまった。女性は恐怖で顔を歪め「どなたですか?」と言った。可哀想だと思った。「明日遊べる?」また変なことを言ってしまった。女性は怪訝そうな表情を浮かべ「どなたですか?何故明日なんですか?」と言った。「今日は暑いので明朝涼しいうちに遊べたらと思いまして」また変なことを言ってしまった。「怖いです。それに知らない人とは遊べません」と言われた。その後、僕は立て続けに変なことを言った。「暑いので...申し訳無いので...冷たい飲み物を奢らせてください...でも先程古着を買ったので...お金が無いので...奢れないので...諦めます...すみませんでした...」と言って帰ろうとしたら、女性は少し笑い「何言ってるんですか?大丈夫ですか?喉が渇いているんですか?お金を貸して欲しいという話ですか?」と言った。解らなかったので「解らないです」と言ったらアイスコーヒーを奢ってもらえることになった。

 出会いのきっかけも、そこからの二人の会話も、まるでそのまま小説のワンシーンのような、うつくしい出来事である。このエピソードは、二作目の『劇場』のワンシーンとして、別の形で描かれることとなる。又吉さんは、このようなエピソードを引き寄せる人だ。もちろん、エッセイとして文章で綴られることで、その全てがノンフィクションであるとは言えないが、井の頭公園でぼーっと座っているだけで、外国人の宣教師から「あなたを、救いたい......」と言われたり、近所の神社で思いにふけっていたら「もうちょっとしたら、出ていってもらっても良いですか?」と神主に追い出されたり、面白い出来事、不思議な出来事を呼び起こしている。

 僕には、こういったことがまったくない。誰もが一度は経験があるような、ヤンキーに絡まれる、電車で酔っぱらいに絡まれるなどということも、一度もない。特に顔立ちが整っているわけでもなければ、スタイルが良いわけでもないし、普通の大学を真面目に通い、普通に卒業した。お酒は飲むが、煙草は吸わない。恋人もいない。そこら辺を見渡せば、絶対に一人はいるくらいのありきたりな人間である。

 僕も、後世に語り継がれるような、かっこいいエピソードが一つはほしい。例えば、僕が後に文豪、大音楽家になり、死後に「いや、あの人はいたって普通の人でしたよ」と言われたくない。尾崎豊のように、”不良”の代表みたいなパブリックイメージを持ちながら「実は真面目で、人のバイクなんか盗まないような良い人でした」と言われるのは、かっこいい。安岡章太郎のように「自分は落ちこぼれだった」と自称しながら、実は成績優秀だった、みたいなのもかっこいい。僕は、そもそもが「普通の人」なのに「あの人はいたって普通の人でした」と言われたところで、何も起こらない。かといって、急に日サロにいって全身を真っ黒に焼き、金髪にするわけにもいかないし、パンタロンを履いて長髪にするわけにもいかない。先に挙げた彼らのように、それが自然ではないからだ。

 もし、僕が大作家、大音楽家になったら、死後、過去に好きな人に送っていたメール、行きつけのコンビニのレシート、そしてこのブログまでもがすべて、世の中に公開されるのだろうか。僕は昔、好きな女の子とのメールにどれくらいのスパンで返したらいいのかわからなくて、自分が送ってから、返信が返ってきた時間をいちいち計り、それとまったく同じ時間で返信していた。気持ちの悪いやつである。ゴミ箱からは「担当者 ハヤシ」の文字が印字されたコンビニのレシートが大量に発見される。ブログは一語一句分析され「○○はギャルをとても好んでいたらしい」「確かに、彼の文体には、2000年代初頭のギャル的な、ブロークンな日本語のリズムを感じることができる」とか「彼の作る音楽には、ギャルが好んで聞くユーロビートからの影響を感じることができる」「きっとギャルから好かれるために必死だったのだろう」とか議論されるのだろう。やがて研究が進み、結局僕は「普通の人っぽい感じだけど、ギャルが好きで、好きな女の子とのメールにわざわざ時間を計ったり、同じ店員のレジで何度も買い物をしたり、偏執的なヤバい奴だった」ということが世の中に知れ渡る。

 そうならないように、今からサーフィンでも始めようかな、などということを思っている。

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