夢見る少女じゃいられない

 伸びすぎた前髪がいい加減しんどくなってきたので、髪を切った。

「今日はどうされますか?」

「どうせすぐ伸びるので、ばっさりいっちゃってください」

 ここ数日の暑さにやられていたのか、普段言わないような注文をすると、わ〜かりました、と赤茶色の髪の毛をした美容師が言った。

 数十分後、ふと顔を上げると目の前の鏡に映っていたのは、水前寺清子だった。

「(あれ、チータ......?)」と思ったときには時すでに遅く、僕の重たかった髪型はいつの間にかウルフカットになっていた。人生初のウルフカットである。

 ウルフカットが今、リバイバル的に流行っているのは知っていた。菅田将暉さんなんかが象徴的だが、彼は中性的な整った顔立ちに、白い肌、長い首だからこそ、ウルフカットが成立している。ぼやっとした顔立ち、のど仏の出ていない首の僕は、どう見ても菅田将暉にはならなかった。切り終えた前髪を下ろすと、水前寺清子から和田アキ子になった。直毛すぎる僕の髪質では、菅田将暉的なウルフカットにはならないのだろう。

 やばい、と思った。しかし、やばいと思えば思うほど、僕は美容師さんに言うことができない。ただでさえ行くのに勇気がいる美容室だからこそ「良い客」でありたい、という意識が強いのである。ここで「ちょっとイメージと違うんですけど」なんていって「だるい客」だと思われたら、せっかく通えるようになったこの店にも、もう通えなくなってしまう。「ばっさり言っちゃってください」と明言している以上、もうどうされようと僕の責任なのである。

 だが、自意識が肥大しすぎて、それを表情の微妙なニュアンスで伝えることもできない。「こいつ髪型に納得いってないけど、それを言葉で伝えることができないから態度で示そうとしてるじゃん」と思われそうだからだ。「幸せなら態度で示そうよ」なんて歌があるけど、幸せなときに幸せなことを態度で示すことは容易である。髪型のイメージが違うのに、気を遣いすぎて「長さ、どうですか?」「めちゃ良い感じっす」などと口走ってしまう僕に、幸せはやってこないのである。

 髪を切り終わった僕は、どこからどう見ても、和田アキ子だった。美容師さんはもしかしたら、入店時に表情も重たく、それに比例するように髪型も重かった僕を見て、「もっと楽に生きようぜ」的なメッセージを込めて、髪型を軽くしてくれたのかもしれない。それくらい、美容師さんは感じのいい人だった。ウルフカットになったのも、僕がバンドをやっていることを知っていて、デヴィッド・ボウイみたいにロマンチックな雰囲気にしようとしてくれていたのかもしれない。

 髪を切り終わったあと、美容師さんが「最後になにか付けていかれますか?」と聞いた。普段なら、特に外出する用事もないし、すぐ落ちてしまうので断るのだが、一縷の望みにかけてお願いすることにした。水前寺清子からの和田アキ子という流れから、菅田将暉というマジカルな変化を期待したのである。

 ドライヤーとワックスによる熟練の技によって、数分後、完成したのは元気のない兵藤ゆきだった。水前寺清子に、和田アキ子に、兵藤ゆき。彼女たちそのものになるのならいいが、その髪型の二十三歳男性となると、なかなか厳しいものがある。自分のポテンシャルの無さに落ち込んだ。

 一人になって改めて確認すると、あまりの似合わなさに思わず笑ってしまった。頭が軽くなったにつれて、気分もなんだか軽いような気がする。このままウルフカットとして生きていくのも悪くないな、と思った。僕のあこがれるガーリーな生活にはほど遠いが、これもこれでアリな気がする。このまま髪が伸びていけば、きっと兵藤ゆきから相川七瀬になるのだろう。でも、そうなったら本当に夢見る少女じゃいられないですね。

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